December 30, 2006, 8:41 am
証言(5)
太平洋戦争(世界第二次戦争)の戦中・終戦・戦後の体験を聞き、その生の声をポッドキャスト(MP3)でお届けしています。
今回は、現在86歳になられる元気なおばぁちゃんのお話です。
長崎に原爆が落とされたときは、川で洗濯をされていたそうです。
戦争に「負ける」といえば非国民とレッテルを貼られる怖い時代。
終戦の玉音放送を聴いて「ホッ」とされたとのこと。
終戦後の食糧難時代のことも詳しく語ってもらいました。
あのころ病気見舞いには、菓子箱に籾殻を入れその中に卵を詰めて持って行ったものでした。(録音時間 11′00″)
次回は、終戦当時、水飴を造っていたというおじさんのお話です。
今回は、現在86歳になられる元気なおばぁちゃんのお話です。
長崎に原爆が落とされたときは、川で洗濯をされていたそうです。
戦争に「負ける」といえば非国民とレッテルを貼られる怖い時代。
終戦の玉音放送を聴いて「ホッ」とされたとのこと。
終戦後の食糧難時代のことも詳しく語ってもらいました。
あのころ病気見舞いには、菓子箱に籾殻を入れその中に卵を詰めて持って行ったものでした。(録音時間 11′00″)
次回は、終戦当時、水飴を造っていたというおじさんのお話です。
December 28, 2006, 10:47 am
証言(4)
戦争中の子供のころタンク(戦車)を見た記憶があります。
キャタピラーの音を響かせ通り過ぎる戦車の勇姿に憧れたものです。
この方も戦車兵に憧れ少年戦車兵を志願されたそうです。
お話の中で兵隊検査(身体検査)の様子が面白く語られます。
この話を聴かれて苦笑いされる方もいらっしゃるでしょう。
では、お聴きください。
諫早弁で解りにくい言葉も出てきます。「死ぬのは怖くなかった」を「死ぬとはえすぅなかった」など・・・。
次回は、現在87歳になられるおばぁさんのお話です。
キャタピラーの音を響かせ通り過ぎる戦車の勇姿に憧れたものです。
この方も戦車兵に憧れ少年戦車兵を志願されたそうです。
お話の中で兵隊検査(身体検査)の様子が面白く語られます。
この話を聴かれて苦笑いされる方もいらっしゃるでしょう。
では、お聴きください。
諫早弁で解りにくい言葉も出てきます。「死ぬのは怖くなかった」を「死ぬとはえすぅなかった」など・・・。
次回は、現在87歳になられるおばぁさんのお話です。
December 26, 2006, 10:41 am
証言(3)
戦時中は、ある年齢に達すると徴兵監査を受けなければなりませんでした。
この方は徴兵検査制度最後となった検査で合格され、飛行機の整備兵として出征されました。
数ヶ月で終戦、兵隊は解散、故郷には貨車に乗って帰られたそうです。
次回は、少年戦車兵で終戦を迎えた方のお話です。
この方は徴兵検査制度最後となった検査で合格され、飛行機の整備兵として出征されました。
数ヶ月で終戦、兵隊は解散、故郷には貨車に乗って帰られたそうです。
次回は、少年戦車兵で終戦を迎えた方のお話です。
December 21, 2006, 3:14 pm
証言(2)
朝鮮半島で終戦を迎えられ、2ヵ月後舞鶴へ引き揚げてこられた女性のお話です。
あなたがもし、持てるだけの荷物を担いで引き揚げるとすれば何を持ってきますか。
この3人兄弟は、こんなものを背負って日本へ帰られました。(7′35″)
次回は、飛行機の整備兵で終戦を迎え、解散後、貨車に乗って帰郷された方のお話です。
あなたがもし、持てるだけの荷物を担いで引き揚げるとすれば何を持ってきますか。
この3人兄弟は、こんなものを背負って日本へ帰られました。(7′35″)
次回は、飛行機の整備兵で終戦を迎え、解散後、貨車に乗って帰郷された方のお話です。
December 20, 2006, 11:18 am
証言(1)
お待たせいたしました。
第1回の証言は、台湾で終戦を迎えられた当時予科練だった方のお話です。
爆撃でわずか3名が生き残った中のお一人です。
では当時の様子をお聴きください。
次回は、朝鮮半島で終戦を迎えられ、2ヵ月後舞鶴へ引き揚げてこられた女性のお話を予定しています。
第1回の証言は、台湾で終戦を迎えられた当時予科練だった方のお話です。
爆撃でわずか3名が生き残った中のお一人です。
では当時の様子をお聴きください。
次回は、朝鮮半島で終戦を迎えられ、2ヵ月後舞鶴へ引き揚げてこられた女性のお話を予定しています。
December 15, 2006, 10:58 am
まずは管理人の証言から(後編)
わたし(管理人)の証言の後編です。(7′35″)
次回からは収録させてくださった方々の証言をお送りいたします。
第1回は、台湾で終戦を迎えられた当時予科練だった方のお話です。
収録の場所が職場OB会の宴会場で、周囲の雑音が入り聞き取り難いですが我慢してください。
会話が長崎弁で理解できない方もあろうかと思いますが悪しからず。
次回からは収録させてくださった方々の証言をお送りいたします。
第1回は、台湾で終戦を迎えられた当時予科練だった方のお話です。
収録の場所が職場OB会の宴会場で、周囲の雑音が入り聞き取り難いですが我慢してください。
会話が長崎弁で理解できない方もあろうかと思いますが悪しからず。
December 13, 2006, 2:51 pm
ご挨拶
ニッポンは61年前、これまでの歴史になかった敗戦という惨めな経験をしました。
しかし、当時のことを知る人たちはだんだんと少なくなっております。
今のうちに、多くの方から太平洋戦争の体験を聞き、その生の声を残しておかなければならないと思います。
この戦争を体験した人たちは、戦争の恐ろしさ、惨めさを、戦争を知らない子供たちに伝えるべきではないでしょうか。
このような思いから、わたしは証言集めを始めました。
このブログでは、その証言を随時公開していきます。
まずはじめに、わたしの体験からお話しましょう。
前後2回にわけお送りします。
しかし、当時のことを知る人たちはだんだんと少なくなっております。
今のうちに、多くの方から太平洋戦争の体験を聞き、その生の声を残しておかなければならないと思います。
この戦争を体験した人たちは、戦争の恐ろしさ、惨めさを、戦争を知らない子供たちに伝えるべきではないでしょうか。
このような思いから、わたしは証言集めを始めました。
このブログでは、その証言を随時公開していきます。
まずはじめに、わたしの体験からお話しましょう。
前後2回にわけお送りします。



