ケロログ
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聖書のお話を聞きたいんだけど…
と思ったことはありませんか。

聖書の話は、教会の礼拝に行くと、牧師さんが礼拝の中でお話してくれます。

これを聖書メッセージとよんだり、礼拝説教といったりします。

でも、なんとなく教会って行きづらい、かもしれませんね。

そんな方のために、毎週日曜日に教会で語られている礼拝の聖書メッセージ、礼拝説教をお届けします。

お話しするのは、大野キリスト教会(神奈川県相模原市)中澤信幸牧師

生きる意味や喜び、人生の答えを見つけてください。











3分間聖書メッセージ「希望の泉」
好評です。
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ケロログ | VOICE BLOG PORTAL
September 29, 2016, 1:49 pm
ギなる方の愛
礼拝メッセージタイトル 「ギなる方の愛」

メッセージ聖書箇所ローマ人への手紙3章21-26節

2015年9月25日 大野キリスト教会礼拝説教

  • 神の義とは、創造と契約を最後の最後まで果たそうとされる神の変わらぬ意思、御業、愛のこと。
  • 人はそれにそって、人のために、神の業をもたらし、ともに喜ぶために生きるものである。
  • しかし、割礼と律法を与えられた神の民ですら、そのように歩むことが叶わなかった。
  • 神は救い主を遣わし、神の義を貫かれた。
  • イエス・キリストの贖いのゆえに、私たちは価なしに義なる歩みに招き戻される。
  • イエス・キリストこそは神の義の体現者として歩まれた方である。





  
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Posted by 中澤信幸(大野キリスト教会牧師) at September 29, 2016, 1:49 pm
September 18, 2016, 5:10 pm
生きるチカラの源
礼拝メッセージタイトル 「生きるチカラの源」

メッセージ聖書箇所ローマ人への手紙1章16-17節

2016年9月18日 大野キリスト教会礼拝説教

  • 神が人の命をつくり、すばらしい世界を備え、豊かな祝福をもたらそうとしてくださった。
  • 人は、にもかかわらず、いのちの源である方を忘れ、抜きにして、自分の歩みを追い求める。
  • そのような私たちに対して、神の義が啓示され、救いの道が開かれた。
  • 神の義とは、創造と契約を最後まで果たさんと神の意志と救いの御業をさす。
  • 神のまっすぐな義に、私たちは招かれて救いを得る。




  
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Posted by 中澤信幸(大野キリスト教会牧師) at September 18, 2016, 5:10 pm
September 11, 2016, 2:47 pm
誇らない誇り
礼拝メッセージタイトル 「誇らない誇り」

メッセージ聖書箇所歴代誌第二32章24-33節

2016年9月11日 大野キリスト教会礼拝説教

  • ヒゼキヤは、さまざまな経験の中で、すぐに神に祈り求め、助けと救いを受けていた。
  • 私たちの祈りや願いは、インスタントなスイッチのようなものではなく、まず神に思いを向けることこそが重要である。
  • 高ぶりとは神の恵みの中にある自分を見失い、忘れること。へりくだるとは大いなる神の恵みを喜ぶこと。
  • 自分の手の中にある小さなことを誇るよりも、神の大いなる恵みに生かされていることのすばらしさを喜び、誇ろう。




  
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Posted by 中澤信幸(大野キリスト教会牧師) at September 11, 2016, 2:47 pm
September 5, 2016, 5:15 am
全員集合!
礼拝メッセージタイトル 「全員集合!」

メッセージ聖書箇所歴代誌第二30章1-5節

2016年9月4日 大野キリスト教会礼拝説教


  • ヒゼキヤは民に呼びかけて、第二の月に過ぎ越しのいけにえを捧げることに決めた。民数記9章の通常通りに過ぎ越しのいけにえを捧げられない人の扱いを拡大解釈を適用して。


  • なぜそこまで過ぎ越しのいけにえから始めることにこだわったかというと、これこそ神の民の原点であるから。「主こそ我が神、我らは主のもの」という確信こそが民のよりどころ。


  • 過ぎ越しの祭りは、2週間に及ぶものになり、大きな喜びが沸き起こった。礼拝の本質は、このような喜び。神にある歩みを覚えるとき、私たちのうちにも大きな喜びが与えられる。


  • ヒゼキヤは、自分の責任範囲の南ユダ王国のみならず、北イスラエルに対しても、参加をよびかけた。あざ笑う者もいたが、従う者もいた。北イスラエルを受け入れるために、レビ人もヒゼキヤも特別なとりなしをして、彼らを迎えた。





  
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Posted by 中澤信幸(大野キリスト教会牧師) at September 5, 2016, 5:15 am
August 29, 2016, 3:42 pm
「ヒゼキヤ革命」
礼拝メッセージタイトル 「ヒゼキヤ革命」

メッセージ聖書箇所歴代誌第二29章1-11節

2016年8月28日 大野キリスト教会礼拝説教


  • ヒゼキヤは、王に即位したあと、即座に自分のなすべきこととして、宮の門を開いて民が礼拝に集えるようにした。


  • 宮に仕えるレビ人、祭司たちを集め、自分自身を聖別し、宮を聖別するように呼びかけた。


  • このことについて、手をこまねいていてはならない、つまり傍観者であってはならない、と勧め、励ました。


  • 私たちも、自分自身の歩みが再建されるにあたって、そのことの傍観者であってはならず、神の召しが実現する歩みへと、ともに導かれていこう。






  
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Posted by 中澤信幸(大野キリスト教会牧師) at August 29, 2016, 3:42 pm
August 21, 2016, 2:26 pm
あのとき以降
礼拝メッセージタイトル 「あのとき以降」

メッセージ聖書箇所使徒の働き26章19-23節

2016年8月21日 大野キリスト教会礼拝説教


  • パウロの伝えた確信とは、キリストが苦しみを受けること、その後よみがえられたこと、それによって私たちが光のうちを歩めること。

  • パウロは、神の導きに従って歩んだ。

  • 出会うべき人と出会い、関わって歩んだ。

  • その人のためによい影響をもたらす存在として歩んだ。

  • キリストのように苦難を甘んじて受ける者として歩んだ。

  • 神の助けを信じて、堅く立って歩んだ。

  • 大きな者にも、小さな者にも、分け隔てせることなく語った。

  • 与えられたことがらに忠実に、満ち足りた歩みだった。





  
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Posted by 中澤信幸(大野キリスト教会牧師) at August 21, 2016, 2:26 pm
August 7, 2016, 4:34 pm
あのとき以前
礼拝メッセージタイトル 「あのとき以前」

メッセージ聖書箇所使徒の働き26章4-11節

2016年8月7日 大野キリスト教会礼拝説教

  • パウロは、自分自身が神のみこころにふさわしく歩み続けてきたことを弁明した。
  • キリストに出会う以前の歩みは、求める、ということに集約されている。
  • 神はその求めをはるかに越える大いなる御業をもって答えてくださった。
  • 私たちは何を求めているだろうか。キリストにあってどのように満たされただろうか。求めることをあきらめてしまっていないだろうか。




  
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Posted by 中澤信幸(大野キリスト教会牧師) at August 7, 2016, 4:34 pm
July 31, 2016, 1:55 pm
重荷を負わせることはない
礼拝メッセージタイトル 「重荷を負わせることはない」

メッセージ聖書箇所使徒の働き15章22-29節

2016年7月31日 大野キリスト教会礼拝説教


  • エルサレム教会は、本質を損なうことなく、お互いに十分に配慮しあうように教え、それ以降の教会に歩みを託した。

  • 本質とは、お互いを兄弟姉妹と呼び合う、同じ主イエス・キリストの恵みにあずかっていること。

  • お互いに対する配慮は、相手を尊重し、共生していくために必要なこと。

  • イエス・キリストが神を愛し、人を愛する歩みを教えたように、教会もまたそのような生きた信仰の歩みを継承してきた。





  
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Posted by 中澤信幸(大野キリスト教会牧師) at July 31, 2016, 1:55 pm
July 24, 2016, 5:11 pm
神の名で呼ばれる人たち
礼拝メッセージタイトル 「神の名で呼ばれる者たち」

メッセージ聖書箇所使徒の働き15章12-21節節

2016年7月24日 大野キリスト教会礼拝説教

  • 神がご自身の名で人々を呼ばれるとは、選びを意味している。ふさわしくないものもあえて、ご自分のものとして宣言された。
  • 神ご自身の者であることは、約束によって保証される。神は、ご自身が神であることにかけて、私たちの歩みに全責任を負ってくださる。
  • 私たちが神の名をもって呼ばれるということは、なににもまさるよりどころを与えられているということ。
  • また、それにふさわしい歩みを見出して歩もうとするようになる。






  
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Posted by 中澤信幸(大野キリスト教会牧師) at July 24, 2016, 5:11 pm
July 17, 2016, 4:17 pm
「何の差別もつけずに」
礼拝メッセージタイトル 「何の差別もつけずに」

メッセージ聖書箇所使徒の働き15章6-12節

2016年7月17日 大野キリスト教会礼拝説教

  • 一世紀のキリスト教会には、さまざまなクリスチャンたちがいた。
  • 確かに違いがあったが、誰もが同じように神により福音の言葉を聞くようになり、聖霊を与え、心をきよめられた。
  • どのクリスチャンも神の恵みの御業の中に生きるようになった者たちである。





  
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Posted by 中澤信幸(大野キリスト教会牧師) at July 17, 2016, 4:17 pm