November 23, 2009, 4:30 am
祈れないときにこそ
礼拝メッセージタイトル 「祈れないときにこそ」
メッセージ聖書箇所 ハバクク書1章2-4節
2009年11月22日
大野キリスト教会主日礼拝説教
- 神は何をなさろうとしているのか
- ハバククの時代、神の民は腐敗し、混乱していました。ハバククは神の沈黙に対し問いかけて祈ります。神は、なんとカルデヤ人を送って神の民を罰するといいます。そんなことになったら…と再びハバククは祈るのでした。
- わたしは静かに
- ハバククは、敵国に対する神のさばきも理解しました。何もかもが混乱していく状況の中で、静かに神の御業を待ち、喜びを見いだそうとします。苦しみと悩みの日こそが、神を見いだすときとなったのです。
- 話し合ってみましょう。
- ハバククの祈りはどのようなものでしたか。
- あなたは、苦しみと悩みの日にどのように神に祈りますか。
November 16, 2009, 5:04 am
難しく考えないで
礼拝メッセージタイトル 「難しく考えないで」
メッセージ聖書箇所 マタイの福音書6章7-8節
2009年11月15日
大野キリスト教会主日礼拝説教
- 誰に向かって祈るのか
- 偽善者たちが人前で誇らしく祈ることについて、厳しく叱責されています。なぜなら祈りは人に見せるために、聞かせるためにするものではないからです。祈りは、どんなときもわたしたちの歩みを見守っておられる神に対してのものです。
- どうして祈りが聞かれるのか
- 祈りはことば数が多ければ聞かれるのではありません。ましてや、祈りのことばの立派さによるのでもありません。祈りが聞かれるのは、神ご自身のみこころによります。すべてを知っておられる神が、わたしたちのために最善を与えてくださるのです。
- 話し合ってみましょう。
- 祈りとはなんですか。
- あなたが祈るとき、どんな思いで祈っていますか。
November 9, 2009, 4:27 am
いつもともにおられる方に
礼拝メッセージタイトル 「いつもともにおられる方に」
メッセージ聖書箇所 テサロニケ人への手紙第一5章16-18節
2009年11月8日
大野キリスト教会主日礼拝説教
- 確かな希望に基づいて
- ここに書かれている喜び、祈り、感謝は、どれも神の確かな救いの業を確信する者に求められています。どのような状況であっても、目に見えるところに左右されずに神に向かうことができるのは、確かな希望あってのことです。
- 神の関わりの中で
- 神がこれらを望んでおられるということは、逆にいえば、喜び、祈り、感謝をもたらすような関わりをしてくださっている、ということに他なりません。神に祈ることのできる幸いを喜びつつ、心から祈り、そこに神の導きを確信して感謝する、神の望んでおられるところに導かれて歩みましょう。
- 話し合ってみましょう。
- 喜び、祈り、感謝の源となっているのは、どのようなことですか。
- あなたは、神に祈るときに平安がありますか。
November 2, 2009, 5:26 am
心の思いを打ち明けて
礼拝メッセージタイトル 「心の思いを打ち明けて」
メッセージ聖書箇所 Iサムエル記1章12-18節
2009年11月1日
大野キリスト教会主日礼拝説教
- 理解者のいない中で
- エルカナの妻ハンナは子どもが与えられないことを悩んでいました。さらに悪いことに、もうひとりの妻ペニンナが意地悪い仕打ちをくり返し、ハンナを悲しませました。夫エルカナの言葉もハンナを慰めることはできませんでした。ハンナが悲しみの中で神に祈っているとき、祭司エリさえもハンナを誤解してしまいました。
- 心を注ぎだして祈る
- ハンナは、心につのる思いを神に祈りました。言葉にこそしませんでしたが、神の前に真実な思いを祈らずにはいられませんでした。長い祈りのあと、神のもとに祈りが届いたことを確信し、表情が変わります。祈りがハンナに平安を与えたのです。
- 話し合ってみましょう。
- ハンナはどのような思いを神に祈っていましたか。
- あなたの心の内にある思いは神のもとに届いていると思いますか。