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<title>礼拝説教と聖書メッセージ〜音声ポッドキャスト毎週更新</title>
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<description>人生の意味や喜び、生きる目的は？聖書から答える！大野キリスト教会の礼拝説教と聖書メッセージをお届けします。</description>
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<pubDate>Mon, 06 Feb 2012 08:31:57 +0900</pubDate>
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<itunes:author>中澤信幸(大野キリスト教会牧師)</itunes:author>
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<title>仲間はずれの者</title>
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<description>礼拝メッセージタイトル　「仲間はずれの者」メッセージ聖書箇所　ヨハネの福音書4章1-26節2012年2月5日　大野キリスト教会主日礼拝説教サマリヤの井戸にてイエス・キリストは、サマリヤの井戸のところで女性に声をかけて、水をくれるように頼みました。話しはそこから、永遠のいのちへの水についての話になり、心の渇きや求めが焦点となっていきます。あなたの夫を呼んできなさいキリストは、生ける水を求める女性に、「行って、あなたの夫をここに呼んできなさい」と言われました。これこそが、彼女が昼間の暑い中を井戸に水をくみに来ていた理由であり、また心の飢え渇きの根本を示すことでした。イエスのもとに招かれることは、問題の根本にまで取り扱いが及ぶことを意味しています。話し合ってみましょう。サマリヤの女性は、キリストとの出会いをどのように感じていったでしょうか。あなたは、自分の問題の根本をどのようなことだと考えていますか。</description>
<pubDate>Mon, 06 Feb 2012 08:31:57 +0900</pubDate>
<author>中澤信幸(大野キリスト教会牧師)</author>
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<title>富みすぎる者</title>
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<description>礼拝メッセージタイトル　「富みすぎる者」メッセージ聖書箇所　マルコの福音書10章17-22節2012年1月29日　大野キリスト教会主日礼拝説教尊い先生イエスのもとに走り寄った人は、イエスを「尊い先生」と呼びました。彼の価値観では、神の教えがあり、それを説く偉大な先生がいて、忠実に守り行なう聖徒がいる、というイメージだったのでしょう。イエスが口にした律法の教えについて、彼は自分がすべて守ってきた「よい者」であることを自負します。ひとつの欠けたことイエスは彼にいつくしみをもって声をかけられます。熱心さを知りながらも、それが方向違いの熱心さであることに対するいつくしみです。財産を処分して施しをし、その上でついてきなさい、と教えました。そこには、仕える救い主に従うことが明らかにされていました。話し合ってみましょう。イエス・キリストが求められたことはどんなことでしたか。あなたにとって、キリストに従うとはどのようなことを意味していますか。</description>
<pubDate>Mon, 30 Jan 2012 16:54:02 +0900</pubDate>
<author>中澤信幸(大野キリスト教会牧師)</author>
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<title>道の見えない者</title>
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<description>礼拝メッセージタイトル　「道の見えない者」メッセージ聖書箇所　ヨハネの福音書9章1-12節2012年1月22日　大野キリスト教会主日礼拝説教目を開くお方イエス・キリストは、生まれつき目の見えない人と出会いました。この機会を神の栄光があらわされる機会として用います。泥を目に塗り、シロアムの池で洗うように命じると、その人の目は開かれて見えるようになりました。いままで関わってきた誰もができなかった御業をお与えになったのでした。安息日に働かれる方その日は安息日だったので、人々の間で大きな議論が巻き起こりました。安息日を守らない者がキリストではありえないという人々と、不思議な御業を行う方はキリストでしかありえないという人々がいたのです。目の開かれた者は、自分におこった御業を証言しつづけました。話し合ってみましょう。イエス・キリストはどのような権威と力をおもちの方ですか。あなたはこのお方の権威をどのように受けましたか。</description>
<pubDate>Mon, 23 Jan 2012 14:47:54 +0900</pubDate>
<author>中澤信幸(大野キリスト教会牧師)</author>
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<title>後ろ指さされる者</title>
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<description>礼拝メッセージタイトル　「後ろ指さされる者」メッセージ聖書箇所　ヨハネの福音書8章1-11節2012年1月15日　大野キリスト教会主日礼拝説教イエスを試す者たち律法学者や祭司長たちは、姦淫の罪で捕らえられた女性をイエスのもとに連れてきました。律法を引き合いに出して、その処罰を問います。その当時でも、実施されることのほとんどなかった石打ちの刑にするのかどうか…　彼らはこの女性をイエスを試すための材料としたのでした。捕らえられた姦淫の女イエス・キリストは、罪のない者が石を投げるように指示します。その結果、誰も石を投げる者はおらず、女は命拾いします。イエスは、罪のない、ただひとり石を投げる資格のある者でした。にも関わらず、この女の罪をとがめずに送り返したのでした。話し合ってみましょう。イエス・キリストは人の罪をどのように考えておられたのでしょうか。あなたの罪は、神の目にどのようにうつっているでしょうか。</description>
<pubDate>Mon, 16 Jan 2012 06:14:23 +0900</pubDate>
<author>中澤信幸(大野キリスト教会牧師)</author>
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<title>人々の嫌われ者</title>
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<description>礼拝メッセージタイトル　「人々の嫌われ者」メッセージ聖書箇所　ルカの福音書19章1-10節2012年1月8日　大野キリスト教会主日礼拝説教取税人ザアカイ取税人たちは、イスラエルから税を集め、ローマに納めることを仕事にしていました。それに加えて、自分たちの取り分を上乗せしていました。人々からは罪人の象徴的な存在と考えられ、嫌われていました。彼らと行動をいっしょにする者たちは、仲間の取税人たちだけでした。イエスの語りかけイエスは、取税人のザアカイに声をかけました。「あなたの家に泊まることにしてあるから」という言葉は、個人的な関係への招きであり、語りかけでした。自分に目をとめて、友となってくれる存在を見つけたとき、ザアカイは心を開き、自分自身の過ちを償おうとしたのでした。話し合ってみましょう。イエスの語りかけは、ザアカイにとってどんな意味をもっていましたか。あなたは、イエス・キリストと個人的な出会いを経験しましたか。</description>
<pubDate>Mon, 09 Jan 2012 05:17:46 +0900</pubDate>
<author>中澤信幸(大野キリスト教会牧師)</author>
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<title>私たちの思いを越えて</title>
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<description>礼拝メッセージタイトル　「私たちの思いを越えて」メッセージ聖書箇所　2012年1月1日　大野キリスト教会新年礼拝説教キリストが心に住み私たちの歩みは、もはや恐れに満たされることはありません。なぜなら、キリストが心のうちに住んでくださるからです。キリストの愛を知り私たちの弱さや愚かさは問題ではありません。なぜなら、キリストの愛は人知をこえて大きく、豊かなものだからです。神の満ちみちたさまにまで確かに人間は小さなものです。しかし、神ご自身がわたしたちを神のものとして用いるべく、それぞれのところに遣わされます。</description>
<pubDate>Sun, 01 Jan 2012 15:16:09 +0900</pubDate>
<author>中澤信幸(大野キリスト教会牧師)</author>
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<title>神のもとから</title>
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<description>礼拝メッセージタイトル　「神のもとから」メッセージ聖書箇所　ヨハネの福音書1章14-18節2011年12月25日　大野キリスト教会クリスマス礼拝説教私たちの間に神の御子イエス・キリストは、人となって私たちの世にお生まれになりました。神を受け入れることすら知らない、愚かな、暗闇のような人々の間にです。しかし、闇は光に打ち勝つことはなく、救い主の栄光が明らかにされていきました。恵みとまこと律法は、人間が神の前にどのように正しく歩むべきか、を示した有益なものでした。しかし、それを全うすることができない者たちのために、イエス・キリストは恵みとまことをもって、救いをもたらしてくださいます。神は、この救い主を与えたもうほどに、私たちを愛しておられるのです。話し合ってみましょう。イエス・キリストはどのような救い主ですか。あなたは、このクリスマスをどのような思いで迎えていますか。</description>
<pubDate>Sun, 25 Dec 2011 16:28:55 +0900</pubDate>
<author>中澤信幸(大野キリスト教会牧師)</author>
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<title>傷だらけの神</title>
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<description>礼拝メッセージタイトル　「傷だらけの神」メッセージ聖書箇所　イザヤ書53章1-6節2011年12月18日　大野キリスト教会主日礼拝説教見とれる姿もなくイザヤの預言の中で、痛み、仕えるしもべの姿が紹介されます。この方こそ、イスラエルの救い主である、と示すためです。しかし、その姿は、人々が思い描いていた救い主とあまりにも違います。栄光の主とはほど遠く、さげすまれた者とすら言われています。知らなかった恵み救い主がしもべとして痛みを負われたのは、他ならぬわたしたちのためでした。しかし、わたしたちはそのことを知らず、かえってその姿をさげすみ、尊ぶことをしなかったのです。それでもなお注がれる神の恵みとは、なんと大きなものでしょう。話し合ってみましょう。イエス・キリストの地上の生涯は、どのようなものと言い表せますか。あなたは、イエス・キリストの恵みをどのように受けていますか。</description>
<pubDate>Thu, 22 Dec 2011 09:35:04 +0900</pubDate>
<author>中澤信幸(大野キリスト教会牧師)</author>
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<title>統べ治める神</title>
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<description>礼拝メッセージタイトル　「統べ治める方」メッセージ聖書箇所　イザヤ書9章6-7節2011年12月11日　大野キリスト教会主日礼拝説教平和の君アッシリヤ帝国の脅威の中で、救いと喜びをもたらす平和の君の到来が待ち望まれていました。強大な力は、用い方を誤ると、人々を苦しみの中に陥れます。愛とあわれみに満ちた方が力ある御業によって統べ治めるとき、はじめて平和が実現するのでした。とこしえまで救い主の到来は、万軍の主の熱心によることです。人々の真の平和と救いを願う、神の愛によって実現しました。それはいまもなお、同じ神の熱心をもって、わたしたちのもとにまで及んでいます。神は、すべての者がイエス・キリストにあって、歩みを回復することを願っておられるのです。話し合ってみましょう。神の統治による平和とは、どのようなことですか。あなたにとって、神の平和を生きるとはどのようなことを意味していますか。</description>
<pubDate>Mon, 12 Dec 2011 15:42:49 +0900</pubDate>
<author>中澤信幸(大野キリスト教会牧師)</author>
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<title>それならわたしもまた</title>
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<description>礼拝メッセージタイトル　「それならわたしもまた」メッセージ聖書箇所　サムエル記第一12章18-25節2011年11月27日　大野キリスト教会主日礼拝説教悪に悪を加えてイスラエルの民は、自らの歩みを振り返って、神に立ち返りました。かつてから繰り返し神に背き、さらに王を求めて罪を重ねた歩みを悔いました。ほうっておけば罪深い歩みによって、その歩みに災いを招いてしまうのが、私たちの歩みの姿なのではないでしょうか。神の民のためにしかし、そのような民を神は見捨てることをなさらず、あわれみ深く関わってくださろうとしています。そしてサムエルもまた、そのような神の恵みをとりつぐ者として祈りつづけ、とりなし続ける決意を固めました。神のしもべにもまた、神の大きな恵みとあわれみをともにすることが求められるのです。話し合ってみましょう。サムエルは、神からの使命をどのように受け止めていましたか。あなたは、神の思いと自分の思いをどのように整理していますか。</description>
<pubDate>Mon, 28 Nov 2011 08:46:26 +0900</pubDate>
<author>中澤信幸(大野キリスト教会牧師)</author>
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