薄田泣菫「野菜畑の朝」
薄田泣菫『太陽は草の香がする』(アルス)大正15年発行 所収
知識と感性で文を書いて、それで糊口の資を得ている病弱な文人というあり方。世間と世界がずれているであろうに、新聞や雑誌等の世間的な受けも必要とされる。ある種、芸人の宿命なのでしょうねえ。
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1
私の家のすぐ前に、竹垣でとり圍はれた四五十坪ばかりの野菜畑があります。この頃朝早く日のささないうちに、その垣外に椅子を持ち出して、水のやうな涼風を肌に樂しむのが、私の日課の一つとなつてゐます。
野菜畑のなかで、その容子が郡をぬいてどつしりとしてゐるのは、玉蜀黍です。金色がかつた毛を生やした苞形の實を幾つか胸に抱へながら、長い長い葉を腕のやうにだらりと下げてゐる姿は、大寺の内陣で見る佛さまそのままの感じです。朝風がさはやかに吹き當てると、ふくら脛のあたりまでぶら下つてゐた長い腕は、急に勢よく肩の高さまで跳ね上げられて、踊り子の白い手のやうに、しなやかな波動をゑがいて踊り出します。その長い腕は笑ひます。歌ひます。さまざまな身振を摸ねながら戲れます。すると、胸に抱へた苞形の實の金の生毛も、同じやうに波をうつて動き出します。
幾枚か薄皮を着重ねた上から、玉蜀黍の實の成熟をさぐるには、着物ごしに女の肌のふくらみに觸れると同じやうに鋭い感觸が必要です。玉蜀黍は女と同じやうに、どうかすると相手に巧く見せ掛をしますから、なかなか油斷が出來ません。
玉蜀黍のすぐ傍に茄子が植はつてゐます。胡瓜も、南瓜も、トマトも、蕃椒も、みんな生れ立ての青坊主から、熟するにつれて紅くなるなかに、紫の莖から紫の花が咲き、紫の花から紫の實が結び、結んだ實は最後まで紫一式で押通す茄子ばかりは、全く途方もない意地つ張だといはなければなりません。
多くの果實は、朝露にぬれてゐるにも、日中の太陽に照り輝いてゐるにも、それぞれ異つた味があるものですが、茄子のみは露の乾かない朝のうちに見、朝のうちに摘みとらなければなりません。中味のすかすかした果實だけに、晝過ぎになるとあの太いお尻の心にまで日光が滲み透つてゐるらしく、一寸掌面に觸つてみると、燒けつくやうな熱い感じがすることがあります。丁度夏向き電車の中などで、たつた今入つて來たばかりの若い女の身體に、町なかで照りつけられた日光の匂ひと熱とを感じる、あの無氣味さによく似てゐると思ひます。
萵はもう薹がたちきつてゐます。葉をもぐか、ざくりと薹を切り離すかすると、その切口から白い乳のやうな汁が、だくだくと流れ出すのはこの野菜で、無花果のもぎ跡から、留度もなく乳がにじみ出すのと同じ氣持です。婦人にもよくかうした肌を切られたら赤い血の代りに、白い乳汁が流れ出さうに思はれるのがあります。
竹垣に添うて鳳仙花が咲いてゐます。鳥の形をした花の盃には、一杯に露が溢れてゐます。合掌したやうなこの花の實に、一寸でも觸ると、殼は爆ぜ割れて、その機みに中から種子が踊り出すのもおもしろいと思ひます。これと同じやうに實が爆ぜるものに酸漿があります。小さな蟋蟀が一寸した、粗相で毛だらけな脛をひつかけても、すぐぴちぴちと音をたてて爆ぜ割れるのはこの草の實で、どちらも哀れが深いと思ひます。
水引草も葉のなかから紙捻のやうな細長い花莖を、弓なりに伸ばしてゐます。八月の末になると、紅唐紙のこまかい切屑のやうな花が、ばらばらにつくでせう。この草のおもしろみは、その葉の一つ一つが、上布のやうに細くしつくりと捲かれたままで伸び、伸び切つてから、そろそろ捲きを解きにかかる、その几帳面なところにあります。秋も末になつて、多くの花が見られなくなつた頃、仄暗い木蔭にこの花の赤い一線が、かすかに搖いでゐるのを見るのも感じの深いものです。
さうかうするうちに、氣の早い夏の日はもう顏を出して、持ち前の強い光りを無遠慮にそこらに投げかけてゐます。私もそろそろ椅子の置場所を更へなければならなくなりました。
2
この頃咲く花のなかで、姿がすつきりしてゐて、心持の深いのは桔梗の花です。この花の拵へは、いかにも手の冴えた名人の頭のなかで出來上つたやうに、形の簡素なうちに、花の生命が張りきつて躍動してゐるのが、飽かず見入られます。何といふ氣品の高い花でせう。この花の前に立つと、ダアリアの艷美を極めた姿などは、却つて氣恥かしくなる位のものです。
それを思ふにつけて、私は自分の家の紋章が、この桔梗の花であるのを喜ばないではゐられません。
紋章といへば、國や、家や、都市や、また學校などで、紋章が選ばれて決まるまでには、それぞれおもしろい由來話があるものです。アメリカの紋章には鷲が用ひられてゐますが、あれが決まる迄には相當議論もありました。なかで一番手強い反對論者は、名高いベンヂヤミン・フランクリンで、この人の言ひ分によると、鷲はロオマの英雄ジユリアス・シイザアが、自分の紋章として使つてゐたので、あれを見ると、すぐにこの英雄が思ひ出され、牽いては王者が聯想される。アメリカの紋章として一番ふさはしいのは、むしろ野生の七面鳥で、鷲がアメリカの國産でないのに較べて、七面鳥は立派な國産であるのみか、鷲が泥棒で、おまけにひどい臆病者であるのに、七面鳥は尊敬すべき紳士的な態度をもつてゐる上に、相當勇氣もあるから、紋章としては申し分のない鳥だといふことでした。然しフランクリンの言分は取り上げられないで、鷲の方が皆の氣に入つて、紋章として今に用ひられることになりました。
今ではフランクリンが案じたやうに、鷲の紋章を見て、英雄シイザアを思い出すものがあらうとは思はれません。却つてその威張りたがりな點において、臆病者の點において、アメリカ人に打つてつけの紋章だと感心するものが多からうと思います。
