January 5, 2012, 9:32 am
早川孝太郎「山の神と狩人」
早川孝太郎「山の神と狩人」早川孝太郎『猪・鹿・狸』(郷土研究社)大正15年発行 所収
6分5秒
・・・・・・・・・・・・・・
早川孝太郎
山の神と狩人
狩人が猪を撃つた時は、其場で頸のイカリ毛を拔いて山の神に捧げるのが、古くからの作法であつた。その方法は先づ手頃の木を切つて皮を剥ぎ、尖を割ひて串を作り、それに毛を插んで立てるのである。別に其場で臟腑を拔いて祀る事もあつたが、猪の場合は極く稀であつた。(詳しくは鹿の項に讓る)その折の唱へ言などはもう無かつた。只實直な狩人には、人に物言ふ如くに、よう猪をお授け下されたと、唱へる者もあつたと言ふ。
山の神を祀る事は、狩の前にも行つた。幾日山を歩いても、更に獲物に遭遇せぬ時は、一旦家に還つて、更に出直したのである。而して山口に地を撰んで、手近の常緑木の小枝を二三折敷いて、其上に酒を灌ぎかけて祀つた。山の神樣猪をシナシて下されと祈つたと言ふが、猪狩に限つた事では無かつた。シナシて下されは狩人の言葉で、獲物に巡り合せ給への意であつた。或はまた獲物を前にして祀る事もあつた。多くは巨大な古猪などの場合で、狩の懸念される折であつた。方法も前と變りなく、殘りの酒を汲交して出掛けたのである。
山の神は女性であるとは、專ら言うた事で、山の木の葉一枚も惜まれると謂うたが、或は一眼一本脚の大漢であるとも謂うた。現に鳳來寺山中で、遭遇した者もあつたと聞いたが、久しい前で、而も詳しい事は傳はらない。さうかと思ふと、同じ山中で永年狩を渡世にして居た丸山某は、數里四方に亘ると言ふ森林中を殆ど隈なく跋渉して、人跡稀な山中に夜を明した事も、幾度かはかり知れぬが、たゞの一度も遭遇せぬからは、昔の人の嘘だと斷言した。而も獲物を取匿される事だけはあつたと言ふ。何物の所爲か判らぬが、確かに斃したに拘らず、谷を渡つて近づいて見るともう影も形もなかつた。中には程經てから山犬などに荒されて居るのを、見出す事もある。さうかと思ふと幾度も搜索して、確かに無かつた筈の處に、早半分腐つて居るのを、後に發見する事もあつた。何れにしても目の迷ひなどゝ信じられぬ、山の不思議はたしかにあつた。それで結局は山の神に匿されたとして置いたと言うた。同じ山の西麓、玖老勢村の某の狩人は、斃した猪の行衞を索めあぐんで、諦めて還りかけると、誰やら後で叫んださうである。振返つて見ると、全身毛だらけの大男が立つて居た。最早遁げるに遁げられず其處に立竦んで居ると、大男は傍へ寄て何やら問ひかける。よく聽ひて見ると、頻りに何處の者だと尋ねるのださうである。さうして段々話す内、實は三十年前に家出した、同じ村の豆腐屋某の悴であると語つたと言ふ。その狩人には勿論其事は思ひ出せなんだと言ふ。どうして暮して居ると訊いて見ると、初めは木の實を拾つたり、木のアマ皮を剥いで餓を凌いだが、今では何でも捕つて食ふと言ふ。さうして居る内、何時か體中に毛が生へてしまつたと、語つたさうである。最後に別れる時、俺に遇つた事は、決して喋つて呉れるなと言うたが、其狩人が臨終の折に、傍の者に語つたと言ふ。其時見失つた猪の行衞はどうだつたか、その男と關係あるやうに思はれるのに、其事に就いては聽かれなんだ。
自分に語つたのは、今年七十幾つになる老媼だつた。子供の頃母から聽いたさうであるが、恐ろしいと思つて、以來誰にも話さなんだと言うた。
Posted by 田中敬三 at
January 5, 2012, 9:32 am
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December 4, 2011, 4:48 pm
田畑修一郎「さかだち學校」08 空中轉囘
田畑修一郎「さかだち學校」08 空中轉囘
『日本児童文学大系24』(ほるぷ出版)昭和54年発行
20回連続予定の8回目。
「さかだち學校」は、東京都三鷹市にある明星学園がモデルであったということを、荒井泰樹さんの「井伏鱒二と阿佐ヶ谷文士の人生模様」というサイト↓↓で知りました。
http://homepage1.nifty.com/yasuki-a/Part2-tabata.htm
当時、明星学園では、実際に、生徒たちに逆立ちの指導をして、「逆立ち学校」と呼ばれていたそうです。田畑修一郎の子供たちも、この学校に通っていたそうです。
15分58秒
ジングル作曲・演奏:田中敬三
『日本児童文学大系24』(ほるぷ出版)昭和54年発行
20回連続予定の8回目。
「さかだち學校」は、東京都三鷹市にある明星学園がモデルであったということを、荒井泰樹さんの「井伏鱒二と阿佐ヶ谷文士の人生模様」というサイト↓↓で知りました。
http://homepage1.nifty.com/yasuki-a/Part2-tabata.htm
当時、明星学園では、実際に、生徒たちに逆立ちの指導をして、「逆立ち学校」と呼ばれていたそうです。田畑修一郎の子供たちも、この学校に通っていたそうです。
15分58秒
ジングル作曲・演奏:田中敬三
Posted by 田中敬三 at
December 4, 2011, 4:48 pm
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November 29, 2011, 10:32 pm
田畑修一郎「さかだち學校」07 技師・風早君
田畑修一郎「さかだち學校」07 技師・風早君
『日本児童文学大系24』(ほるぷ出版)昭和54年発行
20回連続予定の7回目。
13分19秒
ジングル作曲・演奏:田中敬三
『日本児童文学大系24』(ほるぷ出版)昭和54年発行
20回連続予定の7回目。
13分19秒
ジングル作曲・演奏:田中敬三
Posted by 田中敬三 at
November 29, 2011, 10:32 pm
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October 5, 2011, 2:24 pm
田畑修一郎「さかだち學校」06 びつくり飛行機
田畑修一郎「さかだち學校」06 びつくり飛行機
『日本児童文学大系24』(ほるぷ出版)昭和54年発行 所収
20回連続予定の6回目。
章立てを書き出しておきます。
第一章 心を燃やせ
第二章 ふしぎな新聞廣告
第三章 おんぼろ校舍
第四章 紅鱒先生
第五章 白熊先生
第六章 びつくり飛行機
第七章 技師・風早君
第八章 空中轉囘
第九章 乳しぼりの木見君
第十章 バッタ先生とび出す
第十一章 消毒母さん
第十二章 飛行機とぶ
第十三章 友あり遠方より來る
第十四章 崖から落ちる
第十五章 ゴム長靴の校醫さん
第十六章 校醫さんの話
第十七章 荷物はこび
第十八章 風吹け、ごう
第十九章 滑空機とぶ
第二十章 おいらのゆめは
11分1秒
ジングル作曲・演奏:田中敬三
『日本児童文学大系24』(ほるぷ出版)昭和54年発行 所収
20回連続予定の6回目。
章立てを書き出しておきます。
第一章 心を燃やせ
第二章 ふしぎな新聞廣告
第三章 おんぼろ校舍
第四章 紅鱒先生
第五章 白熊先生
第六章 びつくり飛行機
第七章 技師・風早君
第八章 空中轉囘
第九章 乳しぼりの木見君
第十章 バッタ先生とび出す
第十一章 消毒母さん
第十二章 飛行機とぶ
第十三章 友あり遠方より來る
第十四章 崖から落ちる
第十五章 ゴム長靴の校醫さん
第十六章 校醫さんの話
第十七章 荷物はこび
第十八章 風吹け、ごう
第十九章 滑空機とぶ
第二十章 おいらのゆめは
11分1秒
ジングル作曲・演奏:田中敬三
Posted by 田中敬三 at
October 5, 2011, 2:24 pm
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October 2, 2011, 12:57 pm
早川孝太郎「不思議な狩人」
早川孝太郎「不思議な狩人」
早川孝太郎『猪・鹿・狸』(郷土研究社)大正15年発行 所収
題名だけ見ると、幻想的な童話かなにかのような感じですが、じつは「こんな狩人がいました」という、事実をたんたんと述べた文章です。
自然を相手にして生きる人たちの能力の高さと、ため込まない生き方。それを著者早川は、間近に接する者としての親しさをこめて「持つて生まれた病」と表現しています。
5分21秒
・・・・・・・・・・・・・・
山で狩りなどしていた者の中には、平地の人びとが想像も及ばぬような、不思議な官能や經驗を持つた人物があつた。つい近頃聞いた話なども、その一つである。じつは、不獵續きに弱り込んだ狩人たちが、どこからか聞き出して頼み込んできたのが最初で、評判になつたと言うた。いまだ四十代の、體の小締まりに締まつたと言うほか、格別見たところ變つてもいなかつた。ただ不思議なことは、山へ入つたと思うと、猪のいるいないがすぐ判つたそうである。
鼻で嗅ぎ出すのだろうとも言うたが、話の樣子ではそればかりでもないようだ。それについて、自分の知つている狩人の一人が言うたことがあつた。猪の後を索めてシダを分けて行くときなど、今の先、猪が通つたというようなことが、ふつと胸に浮かぶが、ほとんど間違いなかつたという。そうした官能の働きか、所在を知ることは驚くほど的確だつたそうである。しかも山を跋渉することの自由自在で、少しも倦むことを知らぬには、一緒に狩りをしたものが、いずれも舌を捲いたと言う。心持ち上半身を前屈みにした中腰の構えで、頭を前に出して小股に歩いて行く樣子がまことに尋常でなかつた。如何な茨の下ボローの中でも、たちまちくぐり拔けるには、とても眞似など出來なんだと言う。犬千代と言う渾名があると言うから、千代何とかの名前らしいが、會つた譯ではないから詳しいことは判らない。北設樂郡カワテとかのものとだけは聞いた。獸のことや獵の方法など、何から何まで氣持ちのよいほど知つていたそうである。狩りを濟ますと同時に、三日ほどいただけで、何處かへ去つてしまつたと言う。お陰で頼んだ狩人たちは、思いのほか獲物があつた。何なら毎年頼みたいと言うたとも聞いた。あまり珍しいから、いろいろ噂を訊いてみた。
生家は村でもかなりな家柄だそうである。相當教育もあつて、村長ぐらいはできるなどと言うた。ただ持つて生まれた病というのか、狩りをしたり、魚を捕ることが好きなために、家にもいつかれないで、方々を渡り歩いているという。いたつて仕事が嫌いで、宿屋を泊まり歩いていても、一間に閉じ籠もつて朝から酒ばかり飮んでいた。宿錢が溜まつた時分に、釣りの道具を持つて、ふいと出て行つたと思うと、晩方にはびつくりするほど、鰻を捕つて來たそうである。それで拂いを濟ますと、また暫くは遊んでいたと言う。魚に不自由な、山の中の宿屋などでは重寶がつた。ただ長くいつかぬので困ると言う。鰻など一日に三貫目も提げて來たことがあつたそうだ。鯉なども、何處から提げて來るかと思うほど、速く捕つて來たと言うが、どうして捕るかなどと質問すると、ふつと無口になつて、話そうとしなかつたそうである。鰻にしても鯉でも餌で釣つていたことは確かであつたと言う。何だか悉く信じられぬような點もある。
時とすると、まだこんな人がいたのである。猪とは縁がないが、以前狂言の振付をして、村から村を廻つていた相模屋某と名乘る男なども、變つた男だつた。地狂言がなくなつてからは、淨瑠璃を語つて、村々を廻つていた。もちろんそれだけでは生活が出來なんだので、冬は小鳥を捕り夏分は鰻を釣つて渡世にしていた。鰻など捕ることは實に巧妙だつたと言う。今日は何百目欲しいと註文をすると、晩方にはきつとそれだけの魚を提げて來たそうである。
早川孝太郎『猪・鹿・狸』(郷土研究社)大正15年発行 所収
題名だけ見ると、幻想的な童話かなにかのような感じですが、じつは「こんな狩人がいました」という、事実をたんたんと述べた文章です。
自然を相手にして生きる人たちの能力の高さと、ため込まない生き方。それを著者早川は、間近に接する者としての親しさをこめて「持つて生まれた病」と表現しています。
5分21秒
・・・・・・・・・・・・・・
山で狩りなどしていた者の中には、平地の人びとが想像も及ばぬような、不思議な官能や經驗を持つた人物があつた。つい近頃聞いた話なども、その一つである。じつは、不獵續きに弱り込んだ狩人たちが、どこからか聞き出して頼み込んできたのが最初で、評判になつたと言うた。いまだ四十代の、體の小締まりに締まつたと言うほか、格別見たところ變つてもいなかつた。ただ不思議なことは、山へ入つたと思うと、猪のいるいないがすぐ判つたそうである。
鼻で嗅ぎ出すのだろうとも言うたが、話の樣子ではそればかりでもないようだ。それについて、自分の知つている狩人の一人が言うたことがあつた。猪の後を索めてシダを分けて行くときなど、今の先、猪が通つたというようなことが、ふつと胸に浮かぶが、ほとんど間違いなかつたという。そうした官能の働きか、所在を知ることは驚くほど的確だつたそうである。しかも山を跋渉することの自由自在で、少しも倦むことを知らぬには、一緒に狩りをしたものが、いずれも舌を捲いたと言う。心持ち上半身を前屈みにした中腰の構えで、頭を前に出して小股に歩いて行く樣子がまことに尋常でなかつた。如何な茨の下ボローの中でも、たちまちくぐり拔けるには、とても眞似など出來なんだと言う。犬千代と言う渾名があると言うから、千代何とかの名前らしいが、會つた譯ではないから詳しいことは判らない。北設樂郡カワテとかのものとだけは聞いた。獸のことや獵の方法など、何から何まで氣持ちのよいほど知つていたそうである。狩りを濟ますと同時に、三日ほどいただけで、何處かへ去つてしまつたと言う。お陰で頼んだ狩人たちは、思いのほか獲物があつた。何なら毎年頼みたいと言うたとも聞いた。あまり珍しいから、いろいろ噂を訊いてみた。
生家は村でもかなりな家柄だそうである。相當教育もあつて、村長ぐらいはできるなどと言うた。ただ持つて生まれた病というのか、狩りをしたり、魚を捕ることが好きなために、家にもいつかれないで、方々を渡り歩いているという。いたつて仕事が嫌いで、宿屋を泊まり歩いていても、一間に閉じ籠もつて朝から酒ばかり飮んでいた。宿錢が溜まつた時分に、釣りの道具を持つて、ふいと出て行つたと思うと、晩方にはびつくりするほど、鰻を捕つて來たそうである。それで拂いを濟ますと、また暫くは遊んでいたと言う。魚に不自由な、山の中の宿屋などでは重寶がつた。ただ長くいつかぬので困ると言う。鰻など一日に三貫目も提げて來たことがあつたそうだ。鯉なども、何處から提げて來るかと思うほど、速く捕つて來たと言うが、どうして捕るかなどと質問すると、ふつと無口になつて、話そうとしなかつたそうである。鰻にしても鯉でも餌で釣つていたことは確かであつたと言う。何だか悉く信じられぬような點もある。
時とすると、まだこんな人がいたのである。猪とは縁がないが、以前狂言の振付をして、村から村を廻つていた相模屋某と名乘る男なども、變つた男だつた。地狂言がなくなつてからは、淨瑠璃を語つて、村々を廻つていた。もちろんそれだけでは生活が出來なんだので、冬は小鳥を捕り夏分は鰻を釣つて渡世にしていた。鰻など捕ることは實に巧妙だつたと言う。今日は何百目欲しいと註文をすると、晩方にはきつとそれだけの魚を提げて來たそうである。
Posted by 田中敬三 at
October 2, 2011, 12:57 pm
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September 28, 2011, 5:12 pm
萩原朔太郎「小泉八雲の家庭生活」4
萩原朔太郎「小泉八雲の家庭生活」4
池田雅之編『さまよえる魂のうた 小泉八雲コレクション』(ちくま文庫)平成16年発行
4回連続予定の第4回目、完結です。
24分13秒
池田雅之編『さまよえる魂のうた 小泉八雲コレクション』(ちくま文庫)平成16年発行
4回連続予定の第4回目、完結です。
24分13秒
Posted by 田中敬三 at
September 28, 2011, 5:12 pm
│
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August 13, 2011, 11:41 am
萩原朔太郎「小泉八雲の家庭生活」3
萩原朔太郎「小泉八雲の家庭生活」3
池田雅之編『さまよえる魂のうた 小泉八雲コレクション』(ちくま文庫)平成16年発行
4回連続予定の第3回目です。
12分59秒
池田雅之編『さまよえる魂のうた 小泉八雲コレクション』(ちくま文庫)平成16年発行
4回連続予定の第3回目です。
12分59秒
Posted by 田中敬三 at
August 13, 2011, 11:41 am
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August 3, 2011, 7:24 pm
新しいアカウントを作成しました
こちらのブログの容量が残り少なくなってきたので、新しいアカウントを作成しました。
小さな小さな語り小屋
http://www.voiceblog.jp/chiichikago/
(左の「リンク集」からお越しください)
今度は「ラジオ放送局」ではなくて「語り小屋」です。
連続もののやりかけは、なるべくこちらでやって、新規のものから向こうでやって、少しずつ向こうに移っていこうと思っています。
小さな小さな語り小屋
http://www.voiceblog.jp/chiichikago/
(左の「リンク集」からお越しください)
今度は「ラジオ放送局」ではなくて「語り小屋」です。
連続もののやりかけは、なるべくこちらでやって、新規のものから向こうでやって、少しずつ向こうに移っていこうと思っています。
Posted by 田中敬三 at
August 3, 2011, 7:24 pm
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July 28, 2011, 4:16 pm
萩原朔太郎「小泉八雲の家庭生活」2
萩原朔太郎「小泉八雲の家庭生活」2
池田雅之編『さまよえる魂のうた 小泉八雲コレクション』(ちくま文庫)平成16年発行
4回連続予定の第2回目です。
19分33秒
池田雅之編『さまよえる魂のうた 小泉八雲コレクション』(ちくま文庫)平成16年発行
4回連続予定の第2回目です。
19分33秒
Posted by 田中敬三 at
July 28, 2011, 4:16 pm
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July 9, 2011, 2:32 pm
萩原朔太郎「小泉八雲の家庭生活」1
萩原朔太郎「小泉八雲の家庭生活」1
池田雅之編『さまよえる魂のうた 小泉八雲コレクション』(ちくま文庫)平成16年発行
4回連続予定の第1回目です。
15分12秒
テーマ曲:田中敬三
池田雅之編『さまよえる魂のうた 小泉八雲コレクション』(ちくま文庫)平成16年発行
4回連続予定の第1回目です。
15分12秒
テーマ曲:田中敬三
Posted by 田中敬三 at
July 9, 2011, 2:32 pm
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