June 18, 2009, 7:28 am
すゞはらひという場所
2年前
「あけがたにくるひとよ」でスタートしたこのサイトが
おかげさまで昨日、20万アクセスを超えました。

このように多くの方に聴いていただけるとは思ってもいませんでした。
なにしろここは、朗読というくくりのなかでもとりわけ辺鄙な一画と自認しています。
訪れてくださったみなさま、ありがとうございます。



アップするまでは、ひたすらパーソナルな作業です。
パソコンの画面とむきあい、自分と向き合う、ただそれだけの時間です。

でも。
それだけが永遠に続くのだとしたら
昨日のような日がついてきたんでしょうか。


たなにころげたじゃがいもが
水をさっし
気にさそわれて
まだみぬひかりにあこがれる

ちょっとのびしてみようかな・・・・


ひよ ひよひよ

するする するるるるr・・・・・




自宅は旧街道に沿っているので、波のような車の音が絶えません。
電話、人声、水槽のモーター音。
しょっちゅういろんなものがとびこんでくるので、自宅では題材選びと編集だけです。

弾けもしないのにグランドのある景色が好きなのと、録音環境が変わることも考慮して、いつもおなじ部屋をとります。

そこですべてを。

空間と時間を切った場所。
すゞはらひのラボラトリです。

無茶かもしれませんが、結果、いちばん無理のない方法と割り切りました。

はじめのうちは、予定を繰り合わせ、部屋を取り、機材をセットし、さてページを繰るうちにどっと眠気がさして、寝こけたなんてこともありました。

おうたなんか出てきた日には・・・・

わたしは譜を起こせませんし、目の前にピアノはありますが、いかにずうずうしいとはいえ、こればっかりは肯んじえません。
付け加えて言うなら、ピアノ練習曲でそだったかなしさ、おきまりのスタイルをどこかに引きずっています。

ですから。

ことばをじーっとみて、そのとき
きこえてくるものを 声に出す。

くりかえし くりかえし
音の高低が同じ軌跡をたどって
もう それからは その音程でしかきこえてこなくなるまで。

どっかからご先祖様が交信してくれてるのかな、なんてちょっと思いながら。


きのうまでの配信回数、169回。
さすがに容量も気になり、ごった煮の中味を整理し始めました。

先日、先陣を切って、「草迷宮」を別URLで独立させました。
みだしなどもととのえて、検索しやすくしています。
まずはファーストテイクのままですが、のちのち、再録音をと考えています。
そのときには、冒頭のあたりのリズム、また読み進むうちに気のついたことなどもクリアしたいと。

宮沢賢治も手をつけました。
いろいろ迷ったのですが、あゆみもまたひとつのpropertyとして、全件移行の予定です。
ただあまりにも編集が未熟なものは、すこしブラッシュアップするつもりです。


先日いただいたコメントが、よみっぱなしへの反省のきっかけになりました。
二度目が必ずしもよくなるというわけではないけれど、すくなくとも射程には入れておくべきだと。

同様に、当初から考えていながら、いまだ課題となっていたことも。

そして、さらに
読み解く、という作業をいますこしポジティブにする。


作品を
ただ呈示 present するだけでなく
ひとり演技 play としてでなく
イメージすなわち骨格 structure を表現する。


いま そんなことを考えています。

  
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Posted by Misaki Suzuka at June 18, 2009, 7:28 amComments(2)TrackBack(0)
December 22, 2008, 12:06 pm
「燭火」
shokkka 燭火 〜あかり咲く夜に〜
         
           岬 すゞか


たとえ だれもいなくてさえ
家のあかりをみるときは ほっとする


大戦下 防火管制のやみは
どんなにかこころぼそく 思いをひしぐものだったか

いっさいの電飾(イルミネーション)が落ちた世界
けれどひとは 
みようとする意思までも 奪われていたのではない


あの時代に
いのちの尊厳が貶(おとし)められ
ことばがたわめられ
くらしていく土台が 根こそぎ切り崩された ただなかに
なお強く じぶんを
築きあげた価値を 信じるひとびとがいた
それは どんなにか こころづよいレジェンド


遠い時代の 遠い土地での記憶から
わたしたちは無垢でありえない
放射能 ダイオキシン チクロンB
ジェノサイドの暗い翳は
風を伝い 海をはって 土壌濃く刻まれてゆく

個ではない
集団の記憶へと

だけれども
圧倒的な暴力のまえに
たじろがず 信念を枉(ま)げなかったひとの
つみ重ねた役割と 意思
ゼロにはならなかった証(あかし)は たとえ
どんなにかぼそく たよりなげにみえたとしても

わたしたちに
あきらめることはないのだと ささやく


地上の戦火はいまだきえず
おだやかにうつる日常も 
いつもんどり落つかしれぬ不安がさいなむ


十年後 じぶんはここにいると
若者が思い描けないのは なぜ
いのちは連続しているのに
日限(ぎ)りのカレンダーしかないのは なぜ


わたしたちはまだ 平和な世に
安閑と生まれきたのではない
あのネガは 遥けきよその事象でなく
いまを織り綯(な)う あざやかな 緯(よこいと)
あすを統べる 不確定な 縦糸(たて)

交差するその位置を
先人の架けた高さのなりに

記憶を継ぐ

ひとりで 走らねばならず
ひとりでは できない リレー

その燭(あかり)を 継ぎゆくために


音楽 : ヴィニャフスキ作曲「レゲンデ」
      "Legende" by H. Wieniawski

ヴァイオリン演奏 : 玲

詩と朗読 : みさきすずか


収録 : 横浜市旭区民文化センター音楽工房A 
         2008/12/18


昨日で 「記憶を継ぐ 〜「アウシュビッツの沈黙」より〜」のすべての配信が終了しました。
リンクいただいた方、ブックマークいただいた方
その他さまざまの目に見えないご支持をいただき、まことにありがとうございました。

あちらにアップしたものは音楽と併行したヴァージョンですが、こちらのは ほぼ読みだけのものになります。


  
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Posted by Misaki Suzuka at December 22, 2008, 12:06 pmComments(0)TrackBack(0)
April 20, 2007, 7:53 am
「きみのなかに流れる時は」 〜音楽と詩のエチュード〜
lavender 「きみのなかに流れる時は」 〜音楽と詩のエチュード〜

   詩と曲:みさきすずか
   朗 読:みさきすずか

重度重複障害という言葉を知ったのは
仕事でお目にかかった方からでした。

作ろうと思って書いた詩ではありません。
あるとき ただ視えたままを綴ったものです。

世話をするわけでもなく
活動をしているわけでもない

でも もしかして
かれのねうちのうちのひとつでも
表現におきかえることができたらなと


kazu君は
たしかに たくさんの制限を受けてはいますが
ふしあわせという語からは
遠いという気がします。

それよりも
こんなにも愛されている子 という
思いのほうがずっとずっとつよい。

赤ちゃんが生れて
ぐっすり眠ることが 
こんなにもありがたいことだったと知った。
睡眠がこまぎれで 疲れが取れず
頭がぼうっとしたあの状態を
kazu君のお母さんは 二十年以上も続けています。



「きみのなかに流れる時は」
               みさきすずか

きみのなかに ながれるときは
きっと
琥珀の育つ時間

きみのなかに脈打つのは
きっと
森林(もり)の息づくリズム

きみの眼がみてきたのは
まだ鳥もいない おおぞら

きみの耳にささやくのは
母たちの胎内に回帰する水

きみがいることで
ひとり 先を行ったひとも
あゆみをかえす

きみの居場所が
支えをうしなった
磁場を 目覚めさせる

きみはどこにも行かないから
きみは どこからも
みえるはずだから

きみのちいさな掌(てのひら)でかわす
対話を

きみのちいさな靴が 問いかける
そのひとの
うしろに曳く かげぼうしを

きみの抱えてきた記憶
それが
きみの眼にうつりこんでいる

清(す)みはてた 空の記憶
ながれるまえの 水の会話

きみに還りつく
こだまが

いくすじも
幾百も

まっさらな 軌跡を
かさねて


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Posted by Misaki Suzuka at April 20, 2007, 7:53 amComments(4)TrackBack(0)