December 18, 2009, 4:16 pm
「山椒大夫14」(完)
sanseu 森鴎外-14/14- (完) 

(十四)関白師実の娘と云ったのは、仙洞にかしづいている養女で、実は妻の姪である。

底本: ちくま文庫 「森鴎外全集5」

朗読:みさきすずか

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説経節では、任国は奥州、もとの本知に返し置く、という綸旨に、正道は丹後に替えてほしいと願い出ます。
両国を任される流れのなかで、山椒大夫への復讐が行われます。

私見ですが、鴎外は厨子王が成人して以降のできごとに、急速に興味を失っているのではと思われるのです。
溝口健二の映画「山椒大夫」では、あの時代に人買いを禁ずること、とりわけ荘園支配下に介入することは不可能としています。
が、わたしは、鴎外は歴史をではなく、示唆をしたかったのではないかと考えています。
光をめぐる描写について何度かふれてきましたが、 鴎外ははっきりと、主張を持って人物を描いています。
ならば、過去をたんに過去としてではなく、現在をも包含する未来に向かってひらかれた鍵として 書きとどめる試みもあってよいような気がします。

さらにいえば、曇猛律師と小萩への恩賞、また尼寺の建立の記述も、淡白を通り越して冷淡ですらあります。
正道の手に入れた権力は、みずからの能力によるものでも、また経験によってかち得たのでもなく、ただ血縁の地位を襲ったものであること。
師実のひきたても、守り本尊のおかげであって、かれ自身の手柄ではありません。
そう読み解いてくると、さまざまな絆や仕組みから自由ではありえないにしても、作者のまなざしの位置を知ることができるような気がするのです。
家を背負い、走り続けた鴎外の、しかし心の奥底に秘めた個への思いを。

ラスト。
わたしには、めでたしめでたしで終わることができませんでした。
再会は、永遠に喪われた家族を認識することであるかもしれない。


四苦八苦の末、ともかくも年内に完結することができました。
やはり、鴎外は手ごわかったです。
格助詞の読み表しが微妙で、とりわけ地の文のベクトルをどう反映するかてこずりました。
声のトラブルも多発して、読みとおすのにせいいっぱい、声質を変えての表現なんてとてもとても。お手上げとなりました。
さいごにひとつ気になったのは、「冠を加える」ところの読み方です。
ふり仮名が「かんむり」となっていたのでそのまま読んでしまったのですが、あとでききかえすと、「こうぶり」、あるいは「かん」と読むのではなかったかと気になりました。

強引ではありますが、最後まで行き着いてほっとしています。
長期にわたってのぼちぼちの更新をがまんづよく聞いてくださいましたみなさま、ありがとうございました。

最後になりましたが、鴎外のビデオをお貸しくださいました黒柳満さま、たいへん参考になりました。深く感謝いたします。


  
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Posted by Misaki Suzuka at December 18, 2009, 4:16 pmComments(2)TrackBack(1)
December 17, 2009, 7:21 pm
「山椒大夫13」
sanseu      森鴎外

(十三)あくる日に国分寺からは諸方へ人が出た。

底本: ちくま文庫 「森鴎外全集5」

朗読:みさきすずか

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Posted by Misaki Suzuka at December 17, 2009, 7:21 pmComments(0)TrackBack(1)
December 15, 2009, 8:11 pm
「山椒大夫12」
sanseu           森鴎外

(十二)中山の国分寺の三門に、松明の火影が乱れて、大勢の人が籠み入って来る。

底本: ちくま文庫 「森鴎外全集5」

朗読:みさきすずか

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前段 やまを越えたなどと思ったのは大間違いでした。

まっくらな山中にゆらめき集まってくる松明の明かり。
走り込む追跡者たちの足音。
兇暴なものが空気を切り裂いて通る。
それに対して、常燈明の薄明を背にして立つ曇猛律師のすがたは、以前、「座の右左に焚いてある炬火を照り返して、燃えるよう」だった山椒大夫と比して対照的である。
揺めく火に照らし出されたのは、強靭でまだ老いを寄せ付けない肉体と、さらに暴力にたじろがない人格。
ことばは静かだが、意味するものは恫喝と等しい。
三郎という力にたいし 枯れた知性だけではじゅうぶんでないとした鴎外のリアリズム。
カメラの動きを指示しているかのような闊達な描写。
おまけに かむ。
なんど、読み直したかわからないくらいです。

  
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Posted by Misaki Suzuka at December 15, 2009, 8:11 pmComments(0)TrackBack(1)
December 9, 2009, 5:45 pm
「山椒大夫11」
sanseu                      森 鴎外
-あくる朝、二人の子供は背に籠を負い腰に鎌を挿して、手を引き合って木戸を出た。-
 
底本: ちくま文庫 「森鴎外全集5」

朗読:みさきすずか

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「わたしはこうして手を引いていながら、あなたの方へ向いて、その禿になったお頭を見ることが出来ません」

あさはかにも、厨子王は安寿の短い髪を正視できないのだと思い込んでいました。
弟は、じぶんに心を鎖す姉をみること、その拒絶を直視するのが辛かったのです。
すぐつづけて書いてあるというのに。

この段を読んでいて、軍人としての鴎外の投影を感じずにはいられませんでした。
卑近な例で、かれいけの記述があります。

作者は、さまざまなリフレーンをはりめぐらしています。
ふたりのこどもの会話をききつけた二郎と三郎の対応。
   安寿は糸を紡ぐ。厨子王は藁を擣つ。
この二度の叙述の間に冬という時間、枯死への準備の段階が進められていきます。
いささか唐突にも聞こえるかれいけへの言及は、装備と糧食をつねに念頭に置く日常から切り離せない。
さらには、奴婢としてあたえられた椀が、大人として祝福する手向けの杯へと転化します。
そこに秘められた二重性。

安寿は、唯々として犠牲を受け入れるものとして描かれてはいません。
筆致は静かですが、その容子はファナティックです。
懲罰の夜以来、安寿はその選択が、弟を危地に陥らせるものであることを理解しています。
入手しえる情報から、かのじょは状況を判断し、目標を都へとかえることで成就の確率を高めようとする。
しかし、その裏付けは、あくまでも「善いひとに出逢わぬにもかぎらない」というのぞみであり、「運だめし」という賭けでしかない。
そのような運命に弟を先導する安寿は、みずからのいのちを燃焼するいのりのほかになすすべを持たない。

その火が 弟にうつり燃えたっていく。

  
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Posted by Misaki Suzuka at December 9, 2009, 5:45 pmComments(4)TrackBack(1)
December 3, 2009, 1:18 pm
「山椒大夫10」
sanseu                  森 鴎外
(十)水が温み、草が萌える頃になった。


底本: ちくま文庫 「森鴎外全集5」

朗読:みさきすずか

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Posted by Misaki Suzuka at December 3, 2009, 1:18 pmComments(4)TrackBack(1)
November 24, 2009, 3:58 pm
「山椒大夫9」
sanseu 「山椒大夫」 -9/14-
          
          森 鴎外
(九)二人の子供が話を三郎に立聞せられて、その晩恐ろしい夢を見た時から、安寿の様子がひどく変って来た。


底本: ちくま文庫 「森鴎外全集5」

朗読:みさきすずか

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Posted by Misaki Suzuka at November 24, 2009, 3:58 pmComments(0)TrackBack(1)
October 29, 2009, 11:42 am
「山椒大夫8」
sanseu2      「山椒大夫」 -8/14-
          
          森 鴎外
(八)姉は潮を汲み、弟は柴を苅って、一日一日と暮らして行った。


底本: ちくま文庫 「森鴎外全集5」

朗読:みさきすずか

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ようやく。
小屋に許された灯ほどの、生きる力が具(そな)わるか、という矢先だった。
やみでなく、たれと判じ得るほどの繊(ほそ)い光り。

ゆるしを乞うことばは むなしく砂にすいこまれてゆく。
ゆるむことのない三郎の腕の力に、それが無力であることを思い知らされたのち
押しだまって姉弟を待つ人々の存在が、一縷ののぞみをも絶つ。

ここまでが無音。そして姉弟へのむごい所作の間、ふと
鼓の音が聞こえてくるような気がしました。

鴎外は、軍医です。
酸鼻な情景は見あきるほどに知っている。
ここに描かれているのは魂の地獄なのかもしれません。

僅かなあかりは
額の疵をうかびあがらせる。
夢ではない 恐怖。


  
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Posted by Misaki Suzuka at October 29, 2009, 11:42 amComments(0)TrackBack(1)
October 25, 2009, 9:34 am
「山椒大夫7」
sanseu2      「山椒大夫」 -7/14-
          
          森 鴎外
(七)翌日の朝はひどく寒かった。


底本: ちくま文庫 「森鴎外全集5」

朗読:みさきすずか


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ひかりも届かぬかと思われた闇の底にも、ながれつく風がある。
わずかかもしれない、しかし時を吝(お)しまぬ情が消えかけた熾(おき)をおこす。

吹きこんだ風の息だけでは 火は熾らない。
受けようとする意思こそが希望に変えるのである。

と書いた後に やや気がひけますが、
ン十年まえに抱いた疑問が、同じように頭をもたげます。
一度に二人分の、かれいけの外に、面桶に入れたかたかゆと、木の椀にいれた湯は、持っていけまい。


  
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Posted by Misaki Suzuka at October 25, 2009, 9:34 amComments(0)TrackBack(1)
October 19, 2009, 10:20 am
「山椒大夫6」
sanseu2      「山椒大夫」 -6/14-
          
          森 鴎外
(六)一抱に余る柱を立て並べて造った大厦の奥深い広間に一間四方の炉を切らせて、炭火がおこしてある。


底本: ちくま文庫 「森鴎外全集5」

朗読:みさきすずか

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   この屋には燈火もない。

それはそのまま 二人の者の置かれた状況である。
追従してとりいる世知どころか、力あるものを察知することすらできない。
生き抜くすべをなにひとつとして持っていない。
太夫たちは、わらべらの素姓を見抜いている。
両者に懸隔があればこそ、
名乗らぬ行為は、そのまま媚びない姿勢と断じられる。
「愚者と」。
名のはく奪は、アイデンティティーの否定に他ならない。
保護を奪われたもの、矯めなおされたものとしての無名性。
もはや 救いはこない。

  
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Posted by Misaki Suzuka at October 19, 2009, 10:20 amComments(0)TrackBack(1)
October 10, 2009, 2:38 pm
「山椒大夫5」
sanseu2      「山椒大夫」 -5/14-
          
          森 鴎外

(五)「お母あ様お母あ様」と呼び続けている姉と弟とを載せて、宮崎の三郎が舟は岸に沿うて南へ走って行く。


底本: ちくま文庫 「森鴎外全集5」

朗読:みさきすずか

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説経節では、母の行った先は、蝦夷となっている。
かの地で、手肢の筋を断ち切られ、鳴子にすがって身を投げだして鳥を追う。
その情景は想像するだにすさまじい。
そして、蝦夷と佐渡のちがいとは、ただ遠近の差にとどまるだろうか。
  
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Posted by Misaki Suzuka at October 10, 2009, 2:38 pmComments(2)TrackBack(1)
September 25, 2009, 11:05 am
「山椒大夫4」
sanseu2      「山椒大夫」 -4/14-
                     森 鴎外

(四)山岡大夫は暫く岸に沿うて海へ、越中境の方角へ漕いで行く。

底本: ちくま文庫 「森鴎外全集5」

朗読:みさきすずか

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「山椒大夫」に下敷きとなった物語があることは知っていた。
けれどもそれを読んだことはなかった。
たぶん、此処だけで充ち足りていたのだと思う。
今回もそれに違いはなかった。が。

照り映えるもみじと、橋の下のやみ。
人形のような、すなおさと蒙(くら)さを併せ持つ母親の、こどもらへの別れの言葉とは、どのようなものであったのか。
狂おしい挙措と、覚悟と諦観。
魂を引きちぎられるような場面の後、彼女の描写はない。
が、ある意味、生活力の分身ともいえる姥竹の投身自殺が佐渡にわたってからの生活を暗示する。
「だいじなしろもの」の意味するのは、おそらくふつうの労働ではない。

転落する恐怖は、厳然としてわたしたちのそばにある。
そして、不幸を 「悪」と括るだけではのがれえない陥穽がある。
鴎外は、ストーリーを借りながら、べつの方向へ連れ行く側道を、たんねんに刈り込んでしまったのかもしれない。


  
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Posted by Misaki Suzuka at September 25, 2009, 11:05 amComments(9)TrackBack(1)
September 20, 2009, 4:39 pm
「山椒大夫3」
sanseu2      「山椒大夫」 -3/14-

                     森 鴎外

(三)ここは直江の浦である。


底本: ちくま文庫 「森鴎外全集5」

朗読:みさきすずか

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文中、「陸」という字の読み方ですが、小学生のころ読んだ本に、たしか、<くが>とかなが振ってありました。
本を二冊持っていましたので、どちらのだったか、いま手もとになくて確認できないのですが・・・
その記憶のままに読みましたが、二度目=山岡大夫の科白は<おか>、ここはそんな気がしました。

望遠でとらえた点景をぐっとひきよせて、舟に乗り込むまでの描写に昨夜の情景をおりかさね、
波を蹴りだすさいごの一瞬に運命の岐れ道もまたうつしこむ。

こうまですさまじい文章力だったなんて、たぶん子どもの頃は気がつきませんでした。
いえ、わかりませんでした。
いま、訊き返してはじめて体験する。


こころゆすぶられる力に 再び あいまみえる。
うれしいですよね。

  
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Posted by Misaki Suzuka at September 20, 2009, 4:39 pmComments(2)TrackBack(1)
September 17, 2009, 8:02 pm
「山椒大夫2」
sanseu2
     「山椒大夫」 -2/14-

                     森 鴎外

(二)荒川に掛け渡した応化橋の袂に一群は来た。

底本: ちくま文庫 「森鴎外全集5」

朗読:みさきすずか

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前段。
紅葉した雑木をみあげて、母親が子どもたちに声をかける。
日照のかがやきと母子ですごした日々の最後の名残り。
無垢な人となりは、他者をうたがうことを知らぬ。
光源の移動に照らし出されつつ、克明に彼女を追うその描写は 悪よりもむしろ手加減ない。

  
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Posted by Misaki Suzuka at September 17, 2009, 8:02 pmComments(0)TrackBack(1)
August 15, 2009, 12:58 am
「山椒大夫1」
sanseu2           森 鴎外

(一)越後の春日を経て今津へ出る道を、珍らしい旅人の一群が歩いている。


底本: 筑摩現代文学大系4 

朗読:みさきすずか


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ものがたりを読むのは、人によって順番がちがいます。
わかいときに繰り返し読んだ本は、ずっとわすれていても
ふるさとの匂い みちびかれた記憶 そして
へだたった時間を連れ立ってきた そのひとのことばの原型でもあります。

ことばとは ツールではなく
考え方のすじみちそのものではないだろうか。
不用意ないいあやまりなどというのでないからこそ
言霊という信仰も成り立つ。

小学生の頃、鴎外が好きでした。
いま こうして読み返してみると
静謐といっていいまでにととのった文体と、
静かにさしはさまれた物言いに再会しました。
さすがに人生をつみ重ねた功で
あの頃には視えなかった造形も感じとれてきたでしょうか。
研きぬかれた文章の最小限の記述に、登場人物のそれぞれの人となりが浮き出ている。
それをみる作者の投影もまた映りこんで。

ゆっくりですが、始めます。

  
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Posted by Misaki Suzuka at August 15, 2009, 12:58 amComments(0)TrackBack(1)