May 11, 2012, 1:41 am
いくぜ!ショートタイム〜ブンガ人と文化人編
(画像は北海道滝川市内の跨線橋からJR根室本線を見下ろしたもの。画像奥の左カーブを進むと滝川駅方面である。2012年4月8日半蔵門和己撮影)だいぶ前に書いたけどもう一度。猫ひろしに向かって国籍問題で吠えた曾野綾子(その・あやこ)さんに、今の岩手県の最低時給(645円。高知県・沖縄県同額。北海道は札幌市に引っ張られ705円)で1カ月、住み込み労働または内職をしてもらうって企画を「いきなり黄金伝説」(テレビ朝日−HTB)でやってほしい半蔵門です。今の人なりの苦労をおもんばかれない、その想像力の欠如を覆い隠すように自己責任の刀を振り回し、今更戻れない昭和の生活を説いているような人たちを日本では「文化人」と呼ぶようですので、最低時給が引き起こすリアルな貧困を体感してもらいましょう。あ、もちろんサービス残業は必須で。清貧を振りかざす文化人に限って、セレブ生活だったりするからね。
カフェで必死に粘って「ハリー・ポッター」を書いたJ・K・ローリングさんみたいに、ネットカフェで『夜明けの新聞の匂い(確か週刊文春)』を書いてくれませんかね?曾野さん。文化文化ってちょっと偉そうだから、ブンガブンガのほうがまだマシ!?と思いつつ、ショートタイム、スタート!
(※ブンガブンガについては、イタリアに詳しいオトナの人に聞いてみよう。なお『怪物くん』のフランケンはチェ・ホンマン…もとい「フンガーフンガー」なのでお間違えなく)
今更ながらのようつべで「きしめ〜ん」いい感じの曲ですね。ノンケエロの楽曲にはもったいないけど、こういうどっかひとつでも高評価って点が、今のゲイエロメディア全般に足りないんだよねぇ…ま、ノンケちゃんのパンツの脱ぎ方ひとつでも、ガチノンケだフェイクだってかき回すヒマ人が多い業界ですし…ゲイインディーズよ!ここまで本気の楽曲をエロメディアに渡す奴、出て来いやぁ!!
(解説−「きしめん」とは本来「True my heart」というave;new feat.佐倉紗織の楽曲なのだが、歌詞の「素直な気持ち抱きしめ」が、よりによって「素直な気持ちできしめん」と聞こえることから「きしめん」と勝手に呼ばれるようになり、動画投稿サイトで話題になった。アダルトコンテンツが元ネタなので、情報収集時には充分ご注意を)
簿記の世界に「備忘(びぼう)のための簿価1円」というものがある。一定のルールで減価償却された固定資産がまだ稼働している際、それを財務諸表上で表現する目的で、わざと固定資産の勘定に1円だけ計上しておくことである(手法や目的はあくまでも一例)が、発音上の問題でどうしても、あの美容番長・シルク姐さんを連想してしまう。漢字変換を変えると、その理由は明らかである。
「美貌のための簿価1円」
シルクねぇさんの、女性としての減価償却は…田嶋陽子先生にドヤされそうなので以下自粛。
そのシルク番長のお弟子さんとも解釈できる「美魔女」なんてネーミングで、実年齢よりも若く見える女性が話題になっているが、メディアってのもいい気なもんである。20年近く前「オバタリアン」って言葉、出回らせたの君たちでしょ?いろいろ事情があって手入れができない女性たちのことを思うと、無節操に若いおばちゃんを受け入れられない。それゆえ、某美容食品メーカー社長のコテコテ若メイクには賛同できない。ノンケ男の若い女への偏重が、こういう人々を再生産しているとは、言い過ぎだろうか…ゲイ界も似たようなもんですが。
谷村新司さんがラジオ(純喫茶・谷村新司[文化放送−STVラジオ])で「自分は『歳相応』という言葉は嫌いです」と言っていた。谷村さんは自身への言葉としていたが、これを他人に求める人が「美魔女」ブームを支えているような気がする。そう、畳と女房は若い方がいいって男はいまだに多い。日本におけるゲイの若専有利はきっと自分も含めてその思想に引きずられてるから。もうちょいおっちゃんの味が広まればいいんだけど、醜形恐怖って厄介者がいるので、その実現は困難だろうな。
以前、コンタクトレンズは平和を生むと言っていた人がいた。その人によると、道を歩いていてとっさに「コンタクトレンズ落とした!」と叫んだら、たいていの人は動きを止めるし、かなりの確率で腰を落として一緒に探してくれるから、どんなに社会がすさんでるって言っても、これが成立する限りは大丈夫なのだそうだ。落としても代替品がすぐに入手できる保証制度がコンタクトにも出てきた昨今、同じように協力しあえる世の中だろうか。発言からは20年以上が過ぎている。
もともと対人関係においては頭も身動きも柔軟性がない日本人に、他者への不寛容がひどくなっている印象がある。前述のコンタクトレンズ発言でも「そんなに落とすくらいならメガネをかけろ!」と暴言を吐く人がいそう。枕詞(まくらことば)のような存在を、生産性がないと否定して切り捨て、どんどん効率化、高速化する社会に違和感はないんだろうか。そしてこのブログでも以前書いたのだが、だんだん待てない社会になっていないだろうか。待つこともひとつの寛容性だと考えると、中身は別にして結果をすぐに演出できる世渡り上手な奴に、どんどん有利になっている。そう考えるとひとつの結論が出た。
「あなたは、中田翔を待てますか?」
苦悩する4番打者に送るまなざしが、社会の寛容性を測るバロメーターになりうる…かな?少なくともそれなりに待っている北海道民は、いろんな意味でまだ大丈夫なのかもしれない。
ここまで書いてたら5月4日、対オリックス戦(札幌ドーム)でホームラン…サイトー君とは違う意味でつかみどころのない中田翔については近日別稿にて。
東京電力の新しい経営陣が決まりつつあるが、あれほど工場稼働にさし障るからと原子力発電所の再稼働を求めている経団連から、人材の送りこみはなかった。電力はほしいが責任は取りたくない。そのくせ再稼働できないと海外に工場を移す、と恫喝まがいのことを言っているが、そんなずうずうしい姿勢を世間が認めるわけはない。日本人の節電パワーを甘く見てはいけない。オイルショックで痛い目に逢っている以上、いざとなったらみんなで不便を織り込んだ行動ができるので、経済界が騒ぐほどの電力不足にはならないのだ。経済団体というものに不信感を感じるのは、この点である。おいしいところを持っていくのは金子誠だけにしてくれ。
橋下徹大阪市長の激高を「情報ライブミヤネ屋」(讀賣テレビ−STV)で見ちゃったんだよね。
あの条例に関するアンケートをもとに、普段市政記者クラブには出入りしていない民放テレビ(どうやら毎日放送らしい)の記者が質問したところ、質問が要領を得なかったのかだんだん声が荒くなり「そんな頓珍漢な質問するな!!」と大激怒。10分の予定が27分までかかったそうな。NHK出身の手島龍一氏やコメンテーターの春川正明氏は少々苦笑い。質問者の不手際が明らかだったせいだろうが、だからって人差し指まで突き出してブチ切れる橋下さんも少々大人げない。たぶんかつての中田英寿も同じような感情があってメディアに冷ややかだったのは想像に難くないが、国政を狙う人がこれでは心もとない。弁護士だって腹芸やるでしょうに?
その橋下市長に、忘れてほしくないことがひとつだけある。ここからあえて道民なりの偏った視点で言うのだが、大阪市のある一定割合の有権者は「こいつに(政治をやらせたら)おもろいんちゃうか?」って判断で投票していることを。それは実務面がきちんとできること、英語で言うCOOLの意味ではなく、世間を騒がせる方である。公権力にはお辞儀しつつも舌を出すしたたかさを持つ大阪人。中島らもが本の腰巻で「大阪にはうどんしかない(『VOWやねん』)」と一撃したように、その時その時の面白い事に喰らいつく性質を考えると、あなたの人気は多少バブルがかっていることを自覚して立ち振舞っておいたほうがいい。野田総理大臣に喰ってかかるのがかっこいいと思っている若い人たちにはそれでいいけど、過剰な広告をいいなと口にした人に「そんなこと言うてるからあんな嫁はんもらうねん」とユーモアたっぷりに切り返す河内のおっさん、いや大阪の高齢者たちは「いらち」な市長を望んでるだろうか?ツッコミだけでは、市民の笑顔は作れない。
橋下君、たまには話聞くのも大事やでぇ…大阪の良心、黒田清(くろだ・きよし−ジャーナリスト)さんの声が聞こえたような気がする。
ひとつ前の「あんな嫁はん…」のくだりは金鳥『たんすにゴンゴン』のCMが元ネタである。化学品メーカーのコマーシャルにおいては、西の金鳥、東のエステーが面白い作品を競い合っていた。この数年、エステーに高田鳥場(たかだのとりば)宣伝部長が登場したことで押され気味だった金鳥が、久しぶりに大阪味コテコテのギャグ丸出し広告路線に舵を切った。伝説の名作である「ハエハエ・カカカ」「シンデレラ・トンデレラ」を超える話題作が登場しそうな予感である。何せこの会社、あの沢口靖子にセーラー服を着せたり、フェイクバストにバイブレーターを仕掛けてふるわせたり、藤原紀香に三文芝居をやらせたツワモノである。キンチョウの逆襲から、目を離すな。
久々に派手な勘違いをやらかした。
最近お気に入りのテレビ番組『Eテレ2355(NHK)』にあるちょっと不思議な動きをするオブジェによるパフォーマンスのコーナー『1 minute Gallery』での話。このコーナーは冒頭、その日の担当アーティストの名前が、つまみが回って光るというお約束なのだが、新年度に突如として現れたある名前に大いに期待をしていた。まさか、こんなミニ番組にあの人が?と、盛り上がること数日。さーて今日こそ見るぞっと構えても、完全輪番制ではないのでなかなかその人の名前に電光表示が点かず、もんどり打ち続けてるのに、意外とネットで話題にならない。決してマイナー番組ではないのでなぜ?と思いどうも調べてみると、どうも何かを間違えていたようだ。
その人の名は、田中功起。画面同様に英文表記すると「Koki Tanaka」
もう、おわかりですね。KAT−TUNの田中聖クンと同姓同名異字の方だったんです。ヘコミ具合と言ったらもう…!!REAL BOKEでごめんなさい。
大ボケでいつもまつがえるから あ〜あ♪
ロンドンブーツ1号2号の淳(あつし)と亮が、特番として乗り入れた『アメトーーク!』(テレビ朝日−HTB)で公開キッス!正直亮くんの方がマジキッスに見えてて、淳は「おれはノンケなのに…」って顔が。その恋愛履歴から浮き名を流す淳には、交際宣言あるいは結婚をしないことでゲイ疑惑があるんだが、この映像からするとむしろ所帯持ちで子持ちシシャモな亮くんにバイセクシャルのにおいがする。ただ、キッスをあおった有吉弘行だってゲイかもという人もいるが、たまたまおすぎとラジオで10年近く共演していたことでオネェ喋りが移っただけの木村洋二アナ(STV)という例もあるのでそれはない、と思いたい。
ここで話すのもアレなんだが、過去の仕事経験から言えば、舞台や演劇に携わっている人たちほど面倒で扱いにくい、もしくは疲れる人種はいない。
かつて、放送局でのミキサー経験をもとに、舞台の音響業務をまったくの未経験からすることになったのだが、周りはプロ意識バリバリの演劇人って人達ばかり。僕は話を持ち込んだ人の「そんなに難しくはないよ」の一言で来たので、その空気に困惑し、弱った。演出家さんは僕のそんな事情を汲み取ってくれてはいたのだが、現場スタッフはやれガナリ(演出家がけいこの際、舞台の役者に指示を出すためのマイク)がないとか、黒いシャツ(舞台での映り込み防止)をどうして着てこないとか、そもそも「演劇人・舞台人ならそんなの基本」的領域など知るはずもないのにやいのやいのと言い放つ。生放送で要求される瞬発力とは間逆の世界に神経がすり減った。なんとか本番はこなせたものの、アンケートに「ダイナミクス(音声系の舞台用語らしいが調べる気にもならん)はもっと大きくてもよかったよ!」だと。観る方も演じる方もなんだか内輪でカルトクイズ合戦をやっているようなその閉鎖性にげんなりして帰った。案の定再演では声がかからなかったが、お互いのためにそれでよかったと考えている。舞台には舞台の「音屋さん」が必要である。
その後、ある大規模ホールを借りてのコンサートで、単にコンピュータによる映像出しのお手伝いのつもりだったのに、演劇部にいたことをうっかりしゃべってしまったために、舞台全体の作業指示を出す舞台監督にさせられてしまったことがある。打ち合わせで大きな舞台が初めてだと告白したメインキャスト兼プロデューサー、舞台の仕込みを他の人に頼む必要があるため、その専門用語に混乱している横で「お前(演)劇部だからわかるよな?」って顔で説明を続ける担当者の目線におびえる僕、そして本番。プロとしての仕事を全うしたいからこそ怒鳴るのはわかっているのだが、舞台業務を担当する委託業者の、ヘッドセットからの怒鳴り声におびえる僕がいて、それでもちゃんと進めようとしたら、散々勝手に演出をオーダーした当の本人は先に帰っていた…そもそもろくな準備のないままで、こんな大きいハコ(会場)借りるなよ!とブチ切れたかった気持ちを抑えて取り組んだ話は当ブログの過去記事「五十歩百歩とその間」(2010年11月11日付)でご一読いただくとして、やっぱりこの業界、人を怒鳴ることで自分も相手もスキルアップすると思い込んでいる人が多い。怒鳴り声で筋肉が縮こまって動けなくなる年齢に達した?おっちゃんとしては、せめて怒鳴られない環境にいるのが、精神的安定を守る最低限の必須条項である以上、もう演劇や舞台系の人たちとは一緒に仕事したくないっ!
…思い出しついでに。在籍期間が長かった方のラジオ局で、開局初日のパーティ終了後、延々5時間以上説教されたことがある。単に酔っ払い同士の会話を聞いていての感想を言ったところ「お前はそこからどんなものを学んだか?」に始まり、こちらも酔いに任せて演説調のお説教。しかもその前に、その2人の会話にちゃんと反応しようと話したところ片方の人物が挙手。おもむろに『僕は君の話に興味ない』ジャーナリストの上杉隆氏が言ったなら仕方ないが、明らかに酔っ払っての物言いにいささか困惑した後に起きたことである。僕が泥酔者の犯罪を許さないのは、こういう人達は決まって「酔っていたので覚えていない」と言い逃れするからである。いじめた側には青春のヒトコマでも、いじめられた側は一生背負う心の傷。これと同じ構造が、酔っ払いの迷惑行為にはある以上、やっぱり許せない。この中の3人のうち、僕を朝まで説教した人と「興味ない」と言った人が演劇関連の人、なんである。北*道**財団の**さん、**さん、どうせ覚えてませんよねぇ?
繰り返すが、演劇や舞台系の人物には注意しておけ。はっきり言って説教たれが多いから。僕が身をもって体験した事なので、反論や抗議は無視しても死刑にならない以上無視します(西村ひろゆき風に)だから舞台って面白くなくなったんだよな。かつて四畳半フォークと揶揄された音楽の方向性が、今の演劇や舞台の世界に重なるのは、きっと僕だけではないはずだ。文化は、踏まれて育つ雑草ばかりではない。文楽について外国で説明を求められたらどうするつもりだ、橋下君?
『劇団半端者。』は、押しの強い社会に立ちすくむ、ぶきっちょさんなあなたを応援します。
April 27, 2012, 1:48 am
4月1日のこと
百戦錬磨のはずの「噂の眞相」の岡留安則(おかどめ・やすのり)編集長が、彼を名指しで嫌っていた理由はなぜか。
「週刊金曜日」でのインタビューを受けた時についた見出し「伝説のオカマ」に向かっておかしいと反発したすこたん企画に、どのような感情を彼は持っていたのだろう。実は意外と「ようやくそういう意見を言ってくれる人が現れた」と思っていたような気がする。なぜなら、オカマという言葉の問題が彼にとって大きなそれであれば、すこたんに向かって猛烈な主張をしていたはずである。オカマはしょせんオカマという諦観が見え隠れするおすぎと違い、この人の言葉との向き合い方は、口にしているほどの当然ではなく、それなりの距離をはらんだ客観の上で確信犯的に使っていたはずである。そうでなければ、おかまのどこが悪い。おかまのどこが恥ずかしい、と明快な啖呵など切れはしない。
晩年、ゲイコミュニティでの彼への評価どころか、存在すらどこかに忘れ去られたことが、今のLGBTという横文字的なゲイカルチャーになじめない年代の受け皿がなくなったようで、ゲイナイトや華やかなパレードの虹に埋もれたゲイのエイジング(加齢)問題が、もう一段闇に落とされたような気分ではなかったか。
ゲイであることがハッピーだと言い切れる若さに、それが言えるのは先輩のおかげだよってちゃんと伝えていけるだろうか。ポジティブシンキングだけでは、権力者と世間の気まぐれに対抗できないが、自ら拓(ひら)いた道を、胸を張って虹の旗を掲げ歩むゲイユース達に、少し安心しただろうか。
世界屈指のゲイタウンになった新宿2丁目の商人諸氏は、彼の存在をいまどう見ているのか。ゲイ相手の商売などあり得ない時代を生き、法や常識、恥の文化、さらには「人は見た目が9割」ではなく10割とされるこの業界で、ある意味見た目からの嫌悪とも戦い続けたこの人への評価は、もう少し高くてもいいはずだ。
東郷健(とうごう・けん)さんが、亡くなった。
彼がどんなメッセージを遺そうとしたかは、
ゲイ界特有の「過去は見ない」思想にきっと埋もれてしまうんだろう。
それもまた、彼らしいというべきか。
押しの強い社会に立ちすくむ、ぶきっちょさんなあなたを『劇団半端者。』は応援します。
「週刊金曜日」でのインタビューを受けた時についた見出し「伝説のオカマ」に向かっておかしいと反発したすこたん企画に、どのような感情を彼は持っていたのだろう。実は意外と「ようやくそういう意見を言ってくれる人が現れた」と思っていたような気がする。なぜなら、オカマという言葉の問題が彼にとって大きなそれであれば、すこたんに向かって猛烈な主張をしていたはずである。オカマはしょせんオカマという諦観が見え隠れするおすぎと違い、この人の言葉との向き合い方は、口にしているほどの当然ではなく、それなりの距離をはらんだ客観の上で確信犯的に使っていたはずである。そうでなければ、おかまのどこが悪い。おかまのどこが恥ずかしい、と明快な啖呵など切れはしない。
晩年、ゲイコミュニティでの彼への評価どころか、存在すらどこかに忘れ去られたことが、今のLGBTという横文字的なゲイカルチャーになじめない年代の受け皿がなくなったようで、ゲイナイトや華やかなパレードの虹に埋もれたゲイのエイジング(加齢)問題が、もう一段闇に落とされたような気分ではなかったか。
ゲイであることがハッピーだと言い切れる若さに、それが言えるのは先輩のおかげだよってちゃんと伝えていけるだろうか。ポジティブシンキングだけでは、権力者と世間の気まぐれに対抗できないが、自ら拓(ひら)いた道を、胸を張って虹の旗を掲げ歩むゲイユース達に、少し安心しただろうか。
世界屈指のゲイタウンになった新宿2丁目の商人諸氏は、彼の存在をいまどう見ているのか。ゲイ相手の商売などあり得ない時代を生き、法や常識、恥の文化、さらには「人は見た目が9割」ではなく10割とされるこの業界で、ある意味見た目からの嫌悪とも戦い続けたこの人への評価は、もう少し高くてもいいはずだ。
東郷健(とうごう・けん)さんが、亡くなった。
彼がどんなメッセージを遺そうとしたかは、
ゲイ界特有の「過去は見ない」思想にきっと埋もれてしまうんだろう。
それもまた、彼らしいというべきか。
押しの強い社会に立ちすくむ、ぶきっちょさんなあなたを『劇団半端者。』は応援します。
April 25, 2012, 10:04 pm
GBr再設定中
久々にゲイ専用ブログリーダーに登録してみたんだけど、うまくいっていないんです。RSSはどうにか出ているみたいですが・・・トラックバックおよび更新Pingがうまく飛んでいるかを試す記事です。
今は決算事務でなかなかまともな記事を書けておりませんが、落ち着き次第再開します。今しばらくお待ちください。
今は決算事務でなかなかまともな記事を書けておりませんが、落ち着き次第再開します。今しばらくお待ちください。
April 25, 2012, 5:16 am
今年の札幌は虹がかからない
(画像は北海道小樽市内「小樽雪あかりの路[みち]」会場にて。2012年2月11日半蔵門和己撮影)一部メディアで今年の「レインボーマーチ札幌」中止が決定したとの掲示があった。この老舗イベントに対しての半蔵門のスタンスを言えば、基本は批判的立場である。過去にはツレちゃんと参加したことはあるのだが、諸事情で現在ツレちゃんは断固参加を拒否している。僕は会計従事者かつイベント企画運営経験者として、会計情報(せめて収支報告書)が1度も公開(あるいは作成)されていないことに不信感を感じ、この数年は参加していない。公道を占有し、現役の札幌市長まで呼んでスピーチしているイベントが収支報告書もないのは、市民感情に若干しこりがあるYOSAKOIソーランよりタチが悪い。僕たち、趣味の範囲でやってまーすってノリなんだろうが、こういうことを見つけてはセクマイフレンドリーな上田現市長をおとしめようとする奴がいるぐらいの危機意識を持ってもらいたいものである。そんなレインボーマーチであるが、中止の理由は大きく分けて2つ。
今年は実行委員会の立ち上げが遅れ、とうとう2012年の開催ができない事態になった。実行委員会が通年、あるいは一定期間存在する方式になっていれば解決できる問題も、毎年のように委員会そのものを立ち上げてという手法では、解決そのものが先送りされてしまうのだが、それが現実になってしまった。今年は分裂開催が決まった東京のこの手のパレードもそうだが、もはや仕事の合間にやれるものではない規模になった以上、実行委員会のNPO法人化は避けられないのだが、毎年中心メンバーが入れ替わり落ち着かないので、イベントの基礎である「作業技術の伝承」が全くできていない。専従職員、最悪でもコアボランティア(深い領域にかかわるボランティア)を置かないとなると、協賛金も集まりにくくなるのが今の情勢だ。(法人には金を出せるけど、市民有志には出しにくいってイメージです)個人的には、趣味の範囲としてしまうことで、会計処理に不信感を持たれることが、とても残念である。準備も含めた作業量がけた外れに大きいイベントであるのだが、実行委員になることが貧乏くじ化しているのも事実。中心メンバーが育たないからノウハウの伝承が切れてしまい、イベントづくりの蓄積がリセットされ、作業の負担が減らない割に、参加人数もあって特に文句たれの多いゲイ業界なので、毎年のように欠点をあげつらわれ、心が折れてやる気が出なくなり、イベントの終了とともにみんな辞めていくので、結局中心メンバーが育たずに…という悪循環にすっぽりはまっている。また、いちいちリブ問題と連動させて、開催に否定的意見をブログコメントなどに書きまくる粘着質な人もいて、はっきり言って参加者にちょっかいでもかけないとやって行けないほど、モチベーション改善の要素がない。一方で、東京でも問題視されたが、オープン方式(参加手続きを個人参加者に求めない)での参加システムは、政治家の参加をどうするかでからなずもめるし、反原発関連ほど目指す方向がまとまっていないことが時として「なんでもあり」とされ、はっきりは書かないけど違法行為の合法化アピールという、取り扱い方にきわめて慎重さが要求される内容を主張していた人がいて唖然としたケースもあった。つまり、イベントとして何でもありの路線とするのか、あるいは性的志向という領域に的を絞るどうかをきっちり意思表示できないために、反社会勢力に利用されかねない可能性もはらんでいる。
ただ悪態を突くだけで終わりにしたくない半蔵門、もうひとつの中止原因と思われるトラブルにも触れておこう。それは根拠のない悪質な文書や偽ブログなど、実行委員会や委員長個人への中傷があったことである。これが原因で協賛取り下げになったスポンサーもあったようで、水面下での小さな火花がとうとうおもてに影響し始めた。
日頃は「イベントとしてちゃんとしなさい!」と、参加もせずに批判ばかりしているワタクシであるが、何かを伝えようとする行為は、攻撃的手段でない限り誰でも参加あるいは離脱できるべきものであると思っている。異なる考えや行動を力でねじ伏せていい理由はないし、実行委員長や委員会への攻撃を正当化するその脳みそに、何の未来が映ろうか。気に喰わないことをいう口をふさごうとするならすればいい。でもいつか、誰かに口をふさがれて「お前だって違う意見を力で封じただろ?」って言われたら、何と答えるつもりだろうか。
イベントとしてのレインボーマーチは決してほめられたものではない。実行、運営、管理、会計情報の開示など、すべてにおいてダメダメであるのは正直事実だ。でも忘れてはいけない。思いがあるから15回もやりこなしてこれたことを。分からず屋の石頭に、多様性という名のマッサージをしている彼らを、単に個人的な感情任せに力で否定していいかどうか、中止できて満足できただろうか、一歩立ち止まって考えてほしい。
ここまで散々書いて恐縮であるが、あくまでも勝手な予測として、この問題を引き起こした当事者はたぶんゲイではないかと思っている。なぜなら、いつの世も「ゲイの敵はゲイ」でしかないから、悲しいけど。
この手の意見ものの記事のお約束として、さだまさしの第一定理で結ぼう。
意見には個人差があります
押しの強い社会に立ちすくむ、ぶきっちょさんなあなたを『劇団半端者。』は応援します。
March 21, 2012, 8:07 am
君、気安くオンナコドモと言ふなかれ
「またぎ」がテレビ業界の用語だという説に驚いている半蔵門です。会計事務のクライマックスかも知れない?年度末の決算事務を「年度またぎ」と言っていたのですが、どうもそれは、もともと日付をまたぐ深夜零時を過ぎても収録が続行される意味から来ている説を耳にしたんです。今は「てっぺん(時計の長短針がてっぺんにある12のところで揃うことから)」と聞いたんですが…詳細不明で恐縮ですが…「ですが」を3回も使ってしまったと反省しつつ、本文です。
最近増えてきた「海外で人気と紹介されるテレビ番組」の中身は、誰もはっきり言わないが、日本ではもうやりつくした感のある、昭和のネタ。スーザン・ボイルを世界に広めたオーディション番組「ゴッド・タレント」だって、よく考えてみれば「スター誕生!」であり「イカすバンド天国(イカ天)」である。今の日本でそのまんまやったら、放送に向かないネタばかり持ち込まれてしまうのは想像に難くない。ドイツでやってるギネス記録に挑戦する番組も、多少度がきついものの、たとえば、並んだ女性のブラジャーのホックを箸で外すという内容のばかばかしさは、かつての日本でやっていた「びっくり日本新記録」「『TVジョッキー』の奇人変人コーナー」と言えなくもない。ビートたけしのようなカリスマのもと、バラエティ番組で散々そういうくだらないとされるものを見慣れている日本人が、今更それやるの?あきれるような内容を、現地の人たちはまるでオリンピックでも見ているかのごとく、記録達成の瞬間に拍手喝采する妙な構図がある。
実は案外、日本の視聴者はテレビに対して世界一目が肥えているのかも。『風雲!たけし城』だって海外に企画のフォーマットを売ることができたが、今の日本でやるのは、あらゆるところから待ったがかかるであろう。映画にまでなった『クイズミリオネア』ですら、みのもんたのあの「もったいつけ(またはタメ)」がなかったら、もっと早くただの芸能人クイズ大会に成り下がったであろう。ここで注意すべきことは一般人が参加できるクイズ番組が減ったのではなく、正確に言うと『クイズ番組を作れる力が放送局にもスポンサーにもなくなって、目立ちたいだけの素人が素人ボケを披露する場になった。しかもとんねるずの番組のような、楽屋オチにもならないそれになってしまった』のだ。 その傾向はベースメディアがネットであっても案外変わっていない。たとえば『初音ミク』のように、本来の権利者のおおらかさで花開いているものはあるが、仮にイラストコンテストがあったとして、幼稚園児がクレヨンでたどたどしく描いたミクを評価してくれそうな雰囲気は感じられず、誰が見ても初音ミクでないと許されなさそうな印象を受ける。そこには商売あるいは商売につながるメディアとしての完成度は高いけど、利害と言葉を換えてもいいであろう、世代を超えたテーマには育ちにくくなった日本のエンタテインメントの限界感がある。5大都市にドーム会場があって、屋外でも様々なフェスもある、近所のお役所ホールでは演歌歌手がこぶしを回し、テレビはピンポイントで好きなネタだけ拾える環境があり、ネットをつなげば料亭の密談と芸能人のシモ以外は法規制のすきまで何でも見られるこの国で、たとえばほぼ1年に1度総理大臣が変わるのは、政治そのものをネタとしていじることにしたからとも思えてしまう。目立って面白そうな政治家がいたら持ち上げて、自分たちに不愉快な態度をとったら容赦なくたたき落とし、次のおもちゃを探すその様は、ユーモアやウィットに富んだパロディにするほどヒマじゃない、風刺を待てない日本人のせっかちさの表れでもある。
外国のテレビパーソンが競い合って買いまくる日本のコンテンツは、今の日本ではみーんなロンブー淳のように王様気分で外国版のそれを見て笑っているだけ。なぜなら、参加したりなどの当事者になるリスクが大き過ぎるのだ。それに前述したように、一般公募のコンテンツも視聴に耐えうる人材は、賞金100万円でもまず来ないし、利害処理など制約の多い世界でやるくらいなら「ニコニコ動画」で何でもありがいいって判断されがちなので、よって関西を除く(あえて言う)視聴者参加番組は、パンツを脱いででも目立ってみたいノンケちゃんと、公共の電波にただ乗りして名前を売り込もうとする町おこしグループや中小企業で埋まってしまうのだ。
いわゆる映像物の番組は、買い付けコストをしっかり払ってもペイできるし、何よりもセットの利用を最小限にできるために、いま日本のテレビ局はどこでも作っている。そこで流される映像はあえて名指しするが、目立ちたくてしょうがないアメリカ人がYoutubeでコメントしてもらう目的なのか、日本のテレビ局では20年以上前のおおらかな時代にやっていた、えぐいバラエティ番組で見たネタばかり。そこに出川哲朗や上島竜兵がいても不思議ではない内容である。今になって制作側の人間だったテリー伊藤氏などが命がけの企画においても、ちゃんとスタッフが実験台になって安全を検証して作っていたと言うが、一番大事なそこは英語で伝わっていないのか、ウンナン事故(※)でそれが実は嘘っぱちであったと見破ったか、事前検証なしにやっては痛い目にあって仲間が笑い転げるという構図が全く一緒。ツレと見ていての感想は大きく分けて2つ。ひとつは「これ、他局で見た」と「これらの映像を見ても、TPPは必要ですか?(あんなバカばっかりなアメリカ人の言う事を聞く必要はあるのか?)」でしかない。どう考えてもひどい目に会うのは分かっているのにわざわざカメラを回してやってるその馬鹿さ加減、テレビカメラを見つけてはすかさずVサインやらケータイかけてるガキと同じ…とたいていの日本人が感じてるのだが、視点をひっくり返してみるとそんな無邪気さは、今の日本では攻撃や批判の対象になっている。国全体が老いることへの恐怖が空気として漂っているこの国で、電車の中で人ごみに慣れていない小さい子供が生理上仕方ないケースでぐずってるのに、睨んだり怒鳴ったりする大人が増えてはいないだろうか。待機児童問題の余波で広域化する通園や通院など、仕方なく保護者同伴で電車に乗ってるのに、空気が理解できないなら、暴言を吐かれたり虐待されるのも自己責任のうちと言わんばかりの世間は、子供の子供たる立振舞いすらあからさまに否定する。ひと昔前の「まだ子供でしょ?」「もう大人なんだから」を使い分けるオカン仕訳どころか、小学生に向かって、トヨタやセブンイレブンで今すぐ働いて、ワシらの年金を払ってくれと云わんばかりの大人の無茶ブリに、子供達は村上龍の小説よりもひどいことを、そのうち上の世代にやりはしないかとハラハラしている。
少子化を食い止めるいの一番は、オンナコドモと揶揄しないことと、産めないもしくは産まない人と、産む人の間に壁を作らないこと。女のストライキは産まないことでの少子化程度で済むが、子供の逆襲は、デジタルネイティブが大人になったそのとき、目に見えるような形で始まるような気がするんだな。若者世代の年金掛け金不払いも、実はその小さなきざしだったりするのかも。
(※)ウンナン事故−ウッチャンナンチャンもかつては結構身体を張るネタをやっていたが、冠番組の収録中に、よりによってゲストだった香港のバンド・レジェンドのボーカリストが首の骨を折って亡くなる事故が起きた。彼らは当然マセキ芸能社所属ではない(アミューズだったとか)ので、もみ消すことすらできず、ウンナンはそれ以来ハードなバラエティを自粛。『気分は上々』のようなゆるい番組ばかりやってる理由は、そんな過去がきっとそうさせるから。本来罪を問われるべきは安全確保を怠った制作スタッフであってタレントだけが悪いわけではないと、視聴者がそこまでわかっていれば、メディアリテラシーなんて言葉をわざわざ勉強しなくていいはずなんだけど、大多数の日本人がみの(もんた)さんの言う通りだと、ココアやバナナを買い占める人たちには通じないもの、それがメディアリテラシー最大の問題である。
押しの強い社会に立ちすくむ、ぶきっちょさんなあなたを『劇団半端者。』は応援します。
最近増えてきた「海外で人気と紹介されるテレビ番組」の中身は、誰もはっきり言わないが、日本ではもうやりつくした感のある、昭和のネタ。スーザン・ボイルを世界に広めたオーディション番組「ゴッド・タレント」だって、よく考えてみれば「スター誕生!」であり「イカすバンド天国(イカ天)」である。今の日本でそのまんまやったら、放送に向かないネタばかり持ち込まれてしまうのは想像に難くない。ドイツでやってるギネス記録に挑戦する番組も、多少度がきついものの、たとえば、並んだ女性のブラジャーのホックを箸で外すという内容のばかばかしさは、かつての日本でやっていた「びっくり日本新記録」「『TVジョッキー』の奇人変人コーナー」と言えなくもない。ビートたけしのようなカリスマのもと、バラエティ番組で散々そういうくだらないとされるものを見慣れている日本人が、今更それやるの?あきれるような内容を、現地の人たちはまるでオリンピックでも見ているかのごとく、記録達成の瞬間に拍手喝采する妙な構図がある。
実は案外、日本の視聴者はテレビに対して世界一目が肥えているのかも。『風雲!たけし城』だって海外に企画のフォーマットを売ることができたが、今の日本でやるのは、あらゆるところから待ったがかかるであろう。映画にまでなった『クイズミリオネア』ですら、みのもんたのあの「もったいつけ(またはタメ)」がなかったら、もっと早くただの芸能人クイズ大会に成り下がったであろう。ここで注意すべきことは一般人が参加できるクイズ番組が減ったのではなく、正確に言うと『クイズ番組を作れる力が放送局にもスポンサーにもなくなって、目立ちたいだけの素人が素人ボケを披露する場になった。しかもとんねるずの番組のような、楽屋オチにもならないそれになってしまった』のだ。 その傾向はベースメディアがネットであっても案外変わっていない。たとえば『初音ミク』のように、本来の権利者のおおらかさで花開いているものはあるが、仮にイラストコンテストがあったとして、幼稚園児がクレヨンでたどたどしく描いたミクを評価してくれそうな雰囲気は感じられず、誰が見ても初音ミクでないと許されなさそうな印象を受ける。そこには商売あるいは商売につながるメディアとしての完成度は高いけど、利害と言葉を換えてもいいであろう、世代を超えたテーマには育ちにくくなった日本のエンタテインメントの限界感がある。5大都市にドーム会場があって、屋外でも様々なフェスもある、近所のお役所ホールでは演歌歌手がこぶしを回し、テレビはピンポイントで好きなネタだけ拾える環境があり、ネットをつなげば料亭の密談と芸能人のシモ以外は法規制のすきまで何でも見られるこの国で、たとえばほぼ1年に1度総理大臣が変わるのは、政治そのものをネタとしていじることにしたからとも思えてしまう。目立って面白そうな政治家がいたら持ち上げて、自分たちに不愉快な態度をとったら容赦なくたたき落とし、次のおもちゃを探すその様は、ユーモアやウィットに富んだパロディにするほどヒマじゃない、風刺を待てない日本人のせっかちさの表れでもある。
外国のテレビパーソンが競い合って買いまくる日本のコンテンツは、今の日本ではみーんなロンブー淳のように王様気分で外国版のそれを見て笑っているだけ。なぜなら、参加したりなどの当事者になるリスクが大き過ぎるのだ。それに前述したように、一般公募のコンテンツも視聴に耐えうる人材は、賞金100万円でもまず来ないし、利害処理など制約の多い世界でやるくらいなら「ニコニコ動画」で何でもありがいいって判断されがちなので、よって関西を除く(あえて言う)視聴者参加番組は、パンツを脱いででも目立ってみたいノンケちゃんと、公共の電波にただ乗りして名前を売り込もうとする町おこしグループや中小企業で埋まってしまうのだ。
いわゆる映像物の番組は、買い付けコストをしっかり払ってもペイできるし、何よりもセットの利用を最小限にできるために、いま日本のテレビ局はどこでも作っている。そこで流される映像はあえて名指しするが、目立ちたくてしょうがないアメリカ人がYoutubeでコメントしてもらう目的なのか、日本のテレビ局では20年以上前のおおらかな時代にやっていた、えぐいバラエティ番組で見たネタばかり。そこに出川哲朗や上島竜兵がいても不思議ではない内容である。今になって制作側の人間だったテリー伊藤氏などが命がけの企画においても、ちゃんとスタッフが実験台になって安全を検証して作っていたと言うが、一番大事なそこは英語で伝わっていないのか、ウンナン事故(※)でそれが実は嘘っぱちであったと見破ったか、事前検証なしにやっては痛い目にあって仲間が笑い転げるという構図が全く一緒。ツレと見ていての感想は大きく分けて2つ。ひとつは「これ、他局で見た」と「これらの映像を見ても、TPPは必要ですか?(あんなバカばっかりなアメリカ人の言う事を聞く必要はあるのか?)」でしかない。どう考えてもひどい目に会うのは分かっているのにわざわざカメラを回してやってるその馬鹿さ加減、テレビカメラを見つけてはすかさずVサインやらケータイかけてるガキと同じ…とたいていの日本人が感じてるのだが、視点をひっくり返してみるとそんな無邪気さは、今の日本では攻撃や批判の対象になっている。国全体が老いることへの恐怖が空気として漂っているこの国で、電車の中で人ごみに慣れていない小さい子供が生理上仕方ないケースでぐずってるのに、睨んだり怒鳴ったりする大人が増えてはいないだろうか。待機児童問題の余波で広域化する通園や通院など、仕方なく保護者同伴で電車に乗ってるのに、空気が理解できないなら、暴言を吐かれたり虐待されるのも自己責任のうちと言わんばかりの世間は、子供の子供たる立振舞いすらあからさまに否定する。ひと昔前の「まだ子供でしょ?」「もう大人なんだから」を使い分けるオカン仕訳どころか、小学生に向かって、トヨタやセブンイレブンで今すぐ働いて、ワシらの年金を払ってくれと云わんばかりの大人の無茶ブリに、子供達は村上龍の小説よりもひどいことを、そのうち上の世代にやりはしないかとハラハラしている。
少子化を食い止めるいの一番は、オンナコドモと揶揄しないことと、産めないもしくは産まない人と、産む人の間に壁を作らないこと。女のストライキは産まないことでの少子化程度で済むが、子供の逆襲は、デジタルネイティブが大人になったそのとき、目に見えるような形で始まるような気がするんだな。若者世代の年金掛け金不払いも、実はその小さなきざしだったりするのかも。
(※)ウンナン事故−ウッチャンナンチャンもかつては結構身体を張るネタをやっていたが、冠番組の収録中に、よりによってゲストだった香港のバンド・レジェンドのボーカリストが首の骨を折って亡くなる事故が起きた。彼らは当然マセキ芸能社所属ではない(アミューズだったとか)ので、もみ消すことすらできず、ウンナンはそれ以来ハードなバラエティを自粛。『気分は上々』のようなゆるい番組ばかりやってる理由は、そんな過去がきっとそうさせるから。本来罪を問われるべきは安全確保を怠った制作スタッフであってタレントだけが悪いわけではないと、視聴者がそこまでわかっていれば、メディアリテラシーなんて言葉をわざわざ勉強しなくていいはずなんだけど、大多数の日本人がみの(もんた)さんの言う通りだと、ココアやバナナを買い占める人たちには通じないもの、それがメディアリテラシー最大の問題である。
押しの強い社会に立ちすくむ、ぶきっちょさんなあなたを『劇団半端者。』は応援します。
March 17, 2012, 12:39 am
いくぜ!ショートタイム〜過ぎたるは及ばざるが如し編
(画像は北海道釧路市。北大通り[しんくみ本店]交差点から黒金町方向を写したもの。正面にあるのはNTT東日本の釧路黒金ビル。この画像より右側に釧路支店[旧NTT釧路電報電話局]がある。画面左手前は北海道銀行釧路支店。少し奥の「中野整骨院」の看板付近が、2012年に創業100周年を迎えるエンパイアークリーニング創業の地とされているあたりと、社史にあった。2011年1月2日、半蔵門和己撮影)この冬は、あまりの寒さで家でも靴下が脱げなかった半蔵門です。我が家はスリッパを使わないし、日常は基本裸足。しかしこの冬寒波で床暖房を長時間つけていて、しかも窓からの冷気が温まらないほどの状況下では、電気代対策としては靴下着用…水虫がちょっと心配です。今日は何のまとまりもなく、再録もある小ネタ大放出で、ショートタイム、スタート!
アナウンス学校に行ってた頃の話。
フリートークにせよインタビューにせよ、基本として徹底させられたのは「起承転結」だったが、札幌に戻ってからかかわったラジオ局の開局前ボランティア研修では「序・破・急」に変わっていた。これで「じょ・は・きゅう」と読むそうだ。ヱヴァンゲリヲンの映画版も同じだが、急はQになっていて、思わず「あ、今日は『トビなぞ』だね」って思ってたの。シンジくんとカヲルきゅんがイチャイチャしてくれればいいだけの僕は、Evaもそんな扱いです。元ネタがわからない人は『Eテレ2355』を見てみよう。ついでに言うなら、破はやっぱり和田アキ子でしょ。天下一武道会でも間違いなく勝てるのは、かめはめ波よりも「あの頃は〜『破』!」
基本的にアニメの本体よりも、同人誌、それもかつての「やおい」から話を始める卑怯者であるワタクシ。オリラジあっちゃん(中田敦彦)がどんだけ熱く語っても、それをすごーく斜めに見ている太田光のように「泣きまくる男がヒーローでいいのか!」とは言いません。少なくとも、三橋廉(みはし・れん)という例がいるので。レンレンがわからない人は「おおきく振りかぶって」で検索だ!
その『おおきく振りかぶって』に出てくるキャッチャー、キモベ…いや阿部隆也(あべ・たかや)は言う。
「俺、首振る(球種指示を拒む)ピッチャーは嫌いなんだ」
ダルビッシュ投手、一言どうぞ…メジャーに行くので(ネタを)2度出ししました。
(※ある意味半蔵門の鉄板ネタ「ダルと阿部隆也でバッテリーは組めない」について)
北海道で散々ファイターズの試合を見た道民諸氏なら、わかるよね。ある時は年上の鶴岡に泉州弁?河内弁?丸出しで『はよ投げ!(返球せよの意味)』と怒鳴ったことも。
ニッポンのエースは阿部相手でも、メジャーでも多分だはんこくだろうな。
この正月ほど、アニメも含めて地上波テレビを見なかった年はない。
もともとひとりっ子で共働き、しかも小学6年生まで家業が家電屋だったせいか、テレビに子守りをさせるなんてと、今の神経質な正義屋さんが聴いたら間違いなく母に文句をたれることになったであろうと想像できるほどのテレビっ子である半蔵門が、毎年楽しみにしていたはずのテレビ欄を見て落胆し、去年の正月には録画機の容量を開けるために四苦八苦したのを、今年はほとんどやらずに年末から3が日を過ごした。必ず見る正月最初のNHK総合『年の始めはさだまさし』と、ファイターズ関連の数本以外は、ほとんど見なかったし、録画もしなかった。この時期しか見られない、いかにも試作的な(穴埋め用のストック)番組を見るお楽しみがあったものだが、テレビ朝日系のように、既存番組を延長させる手法しかやらないと決めてしまったことがわかったりすると、いささか興ざめである。あれほど夢中で森田剛を追いかけていたはずの「ジャニーズカウントダウン」ですら、どうでもよくなった。それだけ、地上波が面白くなくなったのだ。
その地上波テレビでのちっさいガックリをひとつ。宮本亜門さんがタモさんのお昼の番組にご出演。散々演出を手掛けた「金閣寺」(三島由紀夫著)の舞台について、主演を務める我らが森田剛つんのポスターを掲示してまで熱く語っておいて、電話でつないだお友達が武田鉄矢とは…このバカチンがッ!と、ケロロ軍曹ばりにアモンの頬を殴ってやりたかった。あぁ、森田は遠くになりにけり。
ことあるたびにその森田剛@V6を語っていたはずの僕だったが、最近そうではないと実感したのが、パソコンでの日本語入力ソフトにおける学習機能をもってしても「ごう」の最初に出てくるのが「剛」ではなくなったこと。そう、脳内の妄想サル山では、ちっさいモリゴウからごっつい陽岱鋼@日ハムへとボスが交代してしまったらしい。おれもいよいよチビ専ではなくなったのか…うちのツレちゃんは相変わらずもんすけですが。
(もんすけは、北海道放送(HBC−TBS系列)のステーションキャラクターで、おサルさん)
実にくだらないのに、いまだに気になっていることがある。
10数年前、お昼の番組でタモリが言い放った一言。
「永谷園のレストランができたのを見たんだけど『永谷園』と店名を出すのなら、お茶漬けがメニューにないのはおかしい!」
今は、あるんでしょうか。
NG大賞や各局ハプニング映像など、いわゆる楽屋オチ番組、日本テレビ系のそれでぜひ今度は、STV(札幌テレビ)の木村洋二アナウンサーを大々的に売り出してほしいと思います。本道発の人気タレント大泉洋を向こうに回し、とんでもないアドリブトークやけったいなイラストで大爆笑を生み、あるいは大泉さんの無茶ぶりを見事にこなしつつも、番組存亡につながりかねない暴言や、全国区のタレントに言い放つしょうもないグチなど、勝手気ままに立振舞うその50代の姿に、最強ローカル番組『どさんこワイド』での癒し系MCの姿は、これっぽっちもありません。タレントを困らせる最凶局アナ、木村洋二副部長恐るべし。安住紳一郎は股間にいかとっくりをぶら下げたりはしないだろうし、ミヤネ誠司はかぶり物姿で他局のネタは言わないはず。札幌テレビには、それらをやった人がいるんだから、そうそうつぶれないと思ったね。あのハゲども、もといコワモテ系フォークシンガーの松山千春やみのや雅彦を育て、ラジオおやじ日高晤郎を世に送り出した局はだてじゃないのです。
その、たぶんかぶり物はしないであろうミヤネの番組『Mrサンデー』で久々に血圧が上がった。 見た人もいるだろうが「橋下徹と石原慎太郎の対談」である。更年期障害で自分の不作法に気づけないくせに他者への批判は全開という困ったちゃんな70代が、ヘラヘラ笑いながら体育会系単細胞市長に下手(したで)に出ているその姿勢、政治はコミュニケーションと言うが、それが不全な2人に言われたくない。それにもう日本は沈没してるわけだし、過去の栄光も喰いつぶしている今、価値観の違う人たちを受け入れる覚悟がないこの2人に、どんな未来が作れようか。武田邦彦氏の指摘を思えば、放射能コワイママがヒステリーになる気持ちを、科学的根拠を押し付ける前にまずは受け止め、冷静になる時間を渡したうえで説明するべきである。どうせこの手の連中に限って、いざ子供が成長過程で原発事故の放射線がらみで障害が起きても自己責任だ親のせいって言い逃れるのも、こいつらにぞんざいに言われた「オンナ」や「ババア」という人々はちゃんと知っている。あぁ、気持ち悪い。
とくに石原、作家(著述業)のくせにペラペラしゃべるなって、三島由紀夫に説教してほしかったな。「モウロク入った老いぼれ作家がメディアで遊ぶな」って言われたくはないでしょうに。
ホンダにとってのASIMO、かつてのソニーにおけるAIBOのように、本業の延長線上にいるんだけど、ちょっとはみ出た商品ってなんだか面白い。「財界さっぽろ」「月刊クオリティ」「ウィングサッポロ」のような、本州ではもう昭和の記憶扱いにされてる「オカミの顔色をうかがう雑誌」がはびっこてる保守的な北海道にも、ひとつある。JR北海道の黄色いサンショウウオ、DMV(デュアルモードビークル)がそれ。しかし、現職社長(当時)の自殺にまで至ってしまった石勝線「スーパーおおぞら」事故の検証や、北海道新幹線の技術的準備問題もあって、技術系の仕事スケジュールやマンパワーが目算狂って、正式な営業運転が1年ほど遅れることに。めざとい中韓系の企業にマネされないうちに何とか特許を押さえないとと思うのは単に老婆心のやることですが、宋文洲のゾマホニズムを見るたびに、ついついそう思う。(ゾマホニズム−ベナンのゾマホン・ルフィン氏のように、人のしゃべりを自分の大声で断ち切り持論を展開する迷惑な行為を意味する、半蔵門の造語。自分と違う思考を、改革の邪魔と切り捨てて仮想敵とする単純化闘争手法である?「ハシズム」の一種ともいえるであろう)
いっそインディーズ政党化して立ち振舞ったほうがフットワークも軽くなるはずの社民党で、代表選が無投票で福島瑞穂さんに決定だって?これで5選ってなんか、しっくりこないんだよね。チェック政党でこういうことって。一番LGBTをわかってらっしゃるはずのこの党がお家騒動で沈んでいくのは見るに忍びない。尾辻かな子さんでも引き抜いてみる?
今日のシメは「締め」だけに本業関連のお話を。
会計なんて仕事をしているわけですので、銀行のたぐいへもよく行くわけで、偶然にもいまどき両替手数料がタダだとわかった某金融機関でのこと。そのラッキーついでに店舗の隅にあった機械に2万円を入れて千円札、500円玉、100円玉とタッチパネルをチョンチョン。銀行だと手数料がかかる枚数を気にしながらなので、費用支払いの準備があるから千円札多めッ!とご機嫌に確認ボタンをタッチすると突然ピーッ!ピーッ!と、カウンターの端まで聞こえそうな大きな電子音。イヤミの「シェーッ!」をやりそうになるほどびっくりしていると表示が中止の赤文字に。ぱちんこなら赤文字はアツいっ!となるがこれは両替機。ドラマ『HOTEL』の高嶋政伸ばりに「もうしわけございませーん」と、職員さんがすっ飛んできた。お札が入ってるはずのカートリッジがカラッポになったらしく、補充でもするのかと待っていたら「トラブルですので窓口で両替します」え?カートリッジにお札足さないの?ちょびっと困惑しつつ両替票に記入して着席。両替機はなんとか復旧しつつあるのに今度は手書きでオーダーした両替金が出てこない。レストランで、注文した肉料理がなかなか来ないときに親に言われた「いま肉買いに行ってる」を金融機関で言うなら「いま日銀に取りに行ってる」だろうか…その金融機関と日銀の支店は同じ通りに面しているが。数分後、やっぱり高島政伸風に深々と頭を下げた職員さんの手で、両替金が到着。こちらは時間に余裕をもって行動していたので「なんもですよ」とは言ったのだが、たぶん、八つ当たりする奴が大勢いるからそこまで低姿勢なんだろうな。
機械化、電子化、ペーパーレス…省力化はオムロンの創始者、立石一真が提唱していた『機械にできることは機械にまかせ、人間はより創造的な分野での活動を楽しむべき』方向に向かっていたはずなのに、人間の悲しい性(サガ)なのか機械基準で仕組みを作ってしまい、都合よく動かないことで人が人に当たったり、想定されない動きが起きた際に柔軟に対応できないことも、日常で目につくようになった。省力化し過ぎて、あるいはやり方を間違えて、かえって面倒なことになっていないだろうか−40年前の開業時から出改札から定期券の扱い、精算までを完全自動化した札幌の地下鉄に乗り込んで、ふと考える。
立石さん、あなたの理想はかなえられましたか?
押しの強い社会に立ちすくむ、ぶきっちょさんなあなたを『劇団半端者。』は応援します。
March 13, 2012, 1:24 am
細かすぎるゲイとメディアの話
(画像は北海道釧路市北大通り。この建物は旧北海道相互銀行釧路支店。どーそーぎんの愛称で、くしろバス[旧東邦交通]のバス停(バスターミナル内に乗り入れない路線の「釧路駅前」)の目印的存在だった。画面左が釧路駅方向で、札幌銀行に名前が変わった後もしばらく使われていたようだが、北洋銀行との合併で支店そのものがなくなった。バス停機能が今もあるかは不明。2012年2月14日、半蔵門和己撮影)「ISS「通常」の6人体制に復帰」というヤフーニュースの見出しを見て、DA PUMPの人数がまた変わるのか?って思ってた半蔵門です。ISSではなくISSA君が、9人から人数が変わることに何か言ってるのかと勘違いしちゃったんです。かつて伊勢丹メンズ館(ISETAN MEN'S)を一反もめん(ITTAN MOMEN)と見間違えた悪夢がよみがえりつつ、本文です。
いつもは放送系メディアを語る「メディアMAN談」ですが、今日はゲイメディアの話からです。
かつて、いわゆるゲイリブとは一線を画し、U−18の少年を題材にすることにもためらいのなかった『さぶ』の巻末広告ページ、それも広告欄の外に、短い文章の投稿を載せる欄があった。雑誌業界では『ハシラ』とも呼ばれる縦書き数行の枠であるが『ファンロード』(誌名変更の上休刊中)をお読みだった方であれば『エンサイクロペディア・ファンタニカ』の『さぶ』版と言う方がピンとくるであろう。『はみ出しさぶ野郎』と称されたこの欄は、活字が主役の『さぶ』ではどちらかと言うと、本誌内の記事文にするには字数が足りない小ネタを取り扱うのが特徴だったが、ここに長期にわたって毎号掲載されていたのがペンネーム『別府・カラオケの先生』氏である。ジャニタレの脇毛から洋モノ(大泉さんではない)まで、あらゆる世界の好みの男やモッコリ等のゲイネタを短ーく語り『・・・なのれす』と、まことちゃん(決して金子ではない)ばりの文末など、先生と言う割に子供っぽいその文章は「いい大人がはんかくさいなぁ」ともいえるが、前述のファンロードでネタ扱いだった『アミバ』(断じてパソコンスクールではない)並みの知名度がありました。学生時代、ハードなSM小説に背中汗かきまくりの後にこの欄でクールダウンしていたことを考えると『さぶ』の完成度はなかなかだったと思います。
今の『バディ』も『ジーメン』も、小ネタ・ハシラがないのがちょっとさびしいですねぇ…それだけ投稿が少ないのもあるんだろうけど。『さぶ』の電子アーカイブってないかなぁ。
活字メディアの衰退がその『さぶ』に引導を渡したゲイ界では、小説の書き手が慢性的に不足してるのがここ10数年の課題である。基本どのゲイ雑誌も、グラビアとビデオ紹介だけでは構成が単調になるし『薔薇族』時代からの伝統もあって、ヌケる文字へのニーズはがっちり根強いのだが、誰でもクリエイターごっこができるネットカルチャーの台頭と、シビアな読者の視線で鍛えられる道場的存在だった雑誌という産業が、狭い日本の住宅事情に絡み、空間を喰いつぶす悪者扱いされてしまい、そういうものを集めるのはヲタのやること、自分は電子形式で読むって決め込んでるユーザーが、御代も払わずにワンクリックで読めてヌケるものだけ相手にする残念な状況を生んでしまった。たしかに、才能の無駄遣い丸出しな神様的無償のクリエイターそのものは電脳空間にいっぱいいるが、そういう人たちはなかなか明朝体やゴシック体だけで組み立てる「動かないビジュアル」に手は出さない。数百年の歴史で洗練されたはずの活版の世界は、まだ電子の世界で歴史の厚みに合うだけの十分な評価を得ていないのだ。
かつて知人が『さぶ』にコミックか小説を投稿したら、掲載こそされなかったものの、丁寧なアドバイスが返ってきたらしいが、今の雑誌編集者にそういうことをする余裕がないのが何とも悲しい。手厳しいことを言わせてもらえば、かつて某誌の編集をやっていた人が、ある歌手を茶化した自分の女装をユーチューブに投稿していたら、レコード会社からの申し出で削除されたことを多少不満げにブログで書いていたのだが、クリエイティブ商業系の現場にいた人でこの意識である。著作権を盾に裁判沙汰にされたら、ちゃんと法的対応ができるとは思えなさそうな反省のなさが、時として恐怖に感じる。僕等LGBTは法律的後ろ盾を持っていない以上、いつでも公権力の拡大解釈に飲み込まれるリスクをはらんでいる。むやみに社会をなめてかかってはいけないと思うのだ。
さて、バディ誌の版型変更や成人向け誌化、G-menでも見受けられるDVD付録など、電子化前夜への対応を模索しているゲイメディアであるが、やっぱりQOL問題への言及は少ない。タックさん(トゥマンを提唱している大塚隆史さん)の本(これ自体はバディ誌の連載がベースらしい)が出て、伏見憲明さん、本の編集者として伏見さんと仕事をしていた広瀬桂子さんとの鼎談も文字化されてなかなかおもしろかったんだが、この手の話について、仮に今レインボーアクションのような活動をしている人たちや、つけまつげバサバサのドラァグ姐さんや競パンをモッコリさせてパレードを歩くようなビデオモデル君に投げかけて、どんなアクションがあるだろうか。ツィッターでつぶやく程度ならともかく、ある程度のパブリック(公共)感があるブログで見聞きした例がない。もっとも、いまは伝搬力のあるメディアに出ると、自分が嫌いだからという理由だけで、橋下徹ばりの、勝てない場所、または勝てない相手とケンカはしない連中がすぐに批判をする傾向があるので、樽見弘紀北海学園大学教授いうところの「公共問題のタコつぼ化」にならざるを得なくなる。対論に本文に関係しない刃物のような言葉を出すのは、武器を持ち込むのと同じだ。そのうち議論すらできない世の中になるぞ。
関連が強いわけではないが、一連のジェンダー問題をややこしくする意外な要因は、当事者だけがわかっている言葉で話すことで、幅広い議論をつぶしてしまっていること。ポピュリズムにつながる「わかりやすさへの偏り」を良しとは思わぬが、第三者が考えようと傾聴するにも、結局林家こん平を増やしてるだけになっていないだろうか。大喜利で「あたしにゃ〜そういう難しいことはわからないですがね…」という、現在闘病中の中央線ではない方のオレンジの方である。ちょっと前のうたぐわさんのツィッター論争や、銀のさらCM騒動を見ていると、なんだかその手のどんどんわかりにくい方向に行っている気がするのだ。その先にあるのはかつての林真理子対アグネス・チャン論争のように、関係ない人が出てきて多少ずれた話を持ち込んで、結局元の話が何の議論にもならないうちに尻すぼみになってしまうというアレである。
うたぐわさんのケースは、ツィッターという場所が公共空間であることを認識できていれば防げたはず。酒場のバカ話を第三者につぶやかれて、暴言だの問題だのってことになったら、脳内の自由についにケチがつくのかと、ややこしくてちと怖くもあるが、カイゼン活動的手法である意味防げたものではある。厄介なのはむしろ後者。不快感を共有できる人がある程度いるのなら、ちゃんと問題提起も考察もできる。が、この場合は「あれぐらいで何ガタガタ言ってんの?あたしはオカマとしてもっとひどいことを言われてたし、やられた」なんて変にタフなおすぎ的、肩で風切る女装ミセコなんてのがメディアで出てきたら、少数への対応がだんだんできなくなっている日本では、一気に風向きを変えられてしまうことになりかねないのだが、こういう人を県域テレビ局は好む傾向がある。なぜなら、お涙頂戴系苦労人のサクセスストーリーは、スポンサーを口説く強力な武器だからだ。苦労を乗り越え、立ち上がろう日本!のストーリーに合うじゃないですかって、夙川(しゅくがわ)アトムばりのけったいなテレビマンが、システム手帳片手にきっとセールスをかけるだろう。念のために言っておくが、石田純一でもあまりやらなくなってる「セーターを肩にかけてる」放送局の人、その夙川アトムがネタにしてウケていたし、三谷幸喜が『ラヂオの時間』でわざわざ唐沢寿明にやらせてその滑稽さを指摘しているのに、本当にまだいる。少なくとも、数年前の札幌にある某コミュニティFMには、間違いなくひとりいた(このブログを初期から読んでるあなた、そして半蔵門に近いあなたならわかる毒吐きです)
脱線して恐縮だが、銀のさらのCM映像はひどくて、会議が煮詰まってるうちに出たアイデアが、チェックされずにそのまま出てしまった印象を感じる。CMプランナー氏を問題視するよりも、たとえば発注者たる広告主の社内にそういう問題をチェックする機能、それこそコンプライアンス委員会のような組織の眼をくぐらせる発想はなかったんだろうか(外資系なら自社の広告が誰かを誹謗中傷していないかチェックする部署がありそうだけどね)ちょっとした対応不備が命取りになる食品を取り扱う企業なんだから、広告の検査も厳重にやるべきところだったはずだが、少なくともああいう形でセクシュアルマイノリティへの想像力に欠けるここの寿司を取り寄せるときには注意が必要なようだ。広告も、素材の(影響)力をバカにしてはいけない。
March 7, 2012, 2:28 am
いくぜ!ショートタイム〜 神南を出られない僕たち編
(画像は同じ建物を1年ちょっとの間をあけて撮影したもの。画像左側は2011年1月下旬に閉店した秋田銀行釧路支店だが、その後ちゃんと建物として残っていた。現在は右の青い看板の通り社会保険の事務を取り扱うところに。2012年2月14日、北海道釧路市北大通りにて半蔵門和己撮影)剛と言えば堂本ではなく森田に決まってますが、健と言われたら三宅じゃなくて若島津になってしまう半蔵門です。今日は少々おセンチな話も込みで、ショートタイム、スタート!
「Eテレ2355」(NHKEテレは旧教育テレビのこと)でやってるデーモン親方、もとい閣下の『toi!toi!toi!(トイ!トイ!トイ!)』いいですねぇ。メタル出身ならではの鍛えたノドから出る清涼感いっぱいな声を、いつも手を止めて聞いてしまいます。でもそこは「ひるおび!」(TBS−HBC)で悪魔の小ボケだのツッコミだの言われてる閣下を知ってる身。ついつい替え歌にしたくなるんです。社会科の日本地理、北海道での市町村合併の一例を歌って覚えましょう。
「道南地区、渡島支庁、南茅部、恵山町、椴法華と戸井!戸井!戸井!いま函館市♪」
「どうなんちく、おしましちょう、みなみかやべ、えさんちょう、とどほっけと、とい!とい!とい!いまは・こ・だ・て・し」と歌いましょう。
芥川賞での会見がすべて不機嫌だった田中慎弥さんが毒舌だって?日ハム好きな道民は一笑に付すだろう。「FFFFF(エフファイブ−HTB)」でしゃべってるときの金子誠に比べたら…利害関係がそれほど複雑ではないプロ野球選手の本音は、下手な芸人よりどぎついぞ。
ジャニーズのユニットでフルメンバーレギュラー出演の番組、V6だけがない。正確に言うと北海道にはない。北海道放送(HBC)が長期にわたって放送している深夜枠「痛快!明石家電視台(MBS制作)」「ノブナガ(CBC制作)」があるために、かつてのV6フルメンバー出演番組だった「クマグス(TBS制作)」は放送日時が不規則で、土曜日午後にはめ込まれていた割には、しょっちゅう野球中継で飛ばされ、取り扱いが雑だった。HBCにとっての深夜枠は、東京のキー局であるTBS、言うなればJNN協定の縛りがないので、東海や関西など、他地域の系列局から優秀な番組を買い付けてはめ込む「自社『買い』枠」扱い。実は釧路出身であるワッキーの「地名しりとり」で火がついた「ノブナガ」と、どうやら関東未放送の「痛快!明石家電視台」は、長く道民に愛されている枠なので動かせないし「ユメイロシネマ倶楽部」の自社制作番組もあり、金曜日ぐらいしか枠が空いていないのだが、正直『マツコの知らない世界』(北海道は1週間遅れ)が面白いので、ここも難しい。『ラブセン!』がコケたあたりから、道内局はV6に極めて冷たい。事実、AIR−G(FM北海道)は『V6 NEXT GENERATION(ネクジェネ)』がJFNでのローカル差し替え可能枠なのか、一度も放送していないし『三宅健のラヂオ(千葉のBayfm)』もやってない。かつて一時期「カミセンミュージアム」をHBCラジオは流していたが、自社制作番組が強いSTVラジオはそもそもジャニーズ枠がない。明石(英一郎)アナのバカトークさえあればいいので、求めてないけど。んで、今やってるフルメンバー番組が「男のヘンサーチ」だって。『王様のブランチ』でちらっと紹介されてたけど、どっかで見た番組構成に少々呆れてます。あれはクイズのない『クイズ!ミスターロンリー』ではないか?番組紹介画面の隅っこに小さくあった「一部地域を除く」と言う字幕、実は北海道も含まれている。V6の場合はそれがデフォルト。もうジャニーズじゃないんで、あきらめてます。
(補足−ジャニーズの裏ネタを取り扱うサイトにあるユニット別の直行ボタン、なぜかV6だけがない。もうネタの価値すらないってことのようだ。振られ男2人じゃなぁ。だから剛つん、ミヤケンコと付き合ってくれ!)
日本テレビでの大ヒットから数年、なぜか横滑りしてTBSで制作された『さんまのホントの恋のかま騒ぎ』を今頃になって見た。マツコ姐さんの天敵、フジテレビ化した?TBSの田中みな実アナウンサーを姐さんが嫌う理由がよーく分かった。姐さん本人が後日の『マツコと有田と男と女』(TBS−HBC)で言っていたが、田中側、つまりTBSが共演を断る事態になってしまったそうだ。吹っ切れてる人とそうでない人の差はこういうところに出る。そこの安住(紳一郎)聞いてるか?ってミヤネが言いそうだが。田中みな実はいっぺん、日本一女子アナの扱いが雑なテレビ宮崎(UMK)か、毒吐きアンノー社長がいるラヂオノスタルヂア(ラヂノス)に出向させて鍛え直すべきである。世の中にはいろんな人がいることを、彼女は勉強しなくてはいけない。マツコで泣くな、真実で泣け。その余波で「サンデージャポン」がマツコネタを回避しているのが、ちょっと不快です。
最近話題になった映画のタイトル。
『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』
確か主演は橋下徹大阪市長でしたっけ?
大阪市交通局への物言いが「ものすごくうるさくて」
維新の会に右往左往で国政の機能停止が「ありえないほど近い」
その前に、迷惑かけた「サンデージャポン」に謝っておけよ、徹ちゃん。
その大阪の市バスの運転手、平均年収を聞いてびっくり。
大阪よりも低い北海道の最低賃金スレスレなのに運転手への給与支払いが遅れた過去を持つ、くしろバスの意見が聞きたい。
「ハートをつなごう(NHKEテレ)」6年間も根気よくマイノリティという世界に向き合って制作されたその苦労、お察し申し上げます。初期のころに友人が番組出演を果たしたが、その前後で周りからバッシングを受けたという。その時の強い対人的不信感がもとで、彼女はメンタルの不調を起こし、転職を余儀なくされた。それを前向きに乗り越え、自分なりの幸せをつかもうと動き続ける姿には脱帽であるが反面で「そこまで頑張らないとマイノリティは幸せになってはいけない」空気感に僕は疑問を持っている。以前ある番組で、オネェ系タレント大集合みたいな企画があった時、見た目への気遣いを必死で説くはるな愛に向かって「だからあんたのそういうところが嫌いなの!」と一喝したのは、マツコ・デラックスである。正直、マツコ姐さんの意見が正しいと思うのだ。はるな嬢が正しいとなると、きれいな女としてカスタマイズされていないニューハーフは、気持ち悪いから存在してはいけない「モノ」扱いを甘んじて受け入れるべきであるいうことになるのだ。今の社会は、雨宮処凛さん言うところの「私やあなたの「生存」は、誰かに条件つきで「許される」ようなものではない。」を一笑に付してしまう破壊力でマイノリティに、本人の意思で書き換えできない部分まで土足で上がりこんで手を突っ込んできてはそれを直すことが、マイノリティが社会に受け入れられるための「努力」だと要求してくる。それは区別の条件だから差別なぞしていないという隠し刀とともに。日本のこの手の問題がややこしいのは、いろんな人と接してきたはずの一部の文化人にも、権利の前にまずは日本人としての義務を果たせと言い出す人がいるのだ。原発言者が少なくとも一般的日本人ではないアイヌ(ウタリと書くべきか?)だったら、どうするつもりなんだろう。
女装をしない、オネェ言葉をしゃべらないリアルゲイが「ハートをつなごう」のようにあの場にいたら、どうなっただろうか。また逆にマツコねえさん達が「ハートをつなごう」に出ていたら?考えるべきことは、いっぱいある。「アド街」の新宿2丁目特集に傷つき、神南からまだ出られない僕たちに投げ返されたボールを、どう投げようか。(神南−じんなんと読む。NHKのあるところを指す)
押しの強い社会に立ちすくむ、ぶきっちょさんなあなたを『劇団半端者。』は応援します。
March 4, 2012, 7:56 pm
たまには小さくボケてみる
ときどきこのブログにも来てくださってるIkunoHiroshiさんとこのブログ「The 3rd. ..........なべてこの世はこともなし」にあった「結局何が聞きたいかわからないバトン」に、答えてみました。
自分でも答えてみたい方はアドレス http://blog.fc2.com/baton/17986/ をクリックしてね。
結局何が聞きたいかわからないバトンに、回りくどくボケてみた
Q1机は机でも食べれる机は?
近所の中国人に聞いてみます。
(中国人でも机は食べないんだよね、ホラーみたいに食べるくせに。元ネタ「GARO〜牙狼〜」)
Q2どちらかというと? ロリータorマザコン
ホワイトロリータはブルボン、マザーボードはASUS派です
スノーボードの腰パン國母(こくぼ)も好きです
Q3海賊王ですか?
え?え?(松尾伴内@明石家電視台風に)快速は苗穂に止まらないし…
あ、わかった!海賊王、かいそく王、快速の王で「特別快速」だ!
(JR東海エリアの皆様、わかりますよね)
Q4的確に突っ込め! 俺逆立ちで飛び箱飛べるで!
跳び箱なんて大したことないっ。俺少ないゼニでヒコーキ飛ばせるで!
(LCCの社長がコテコテ大阪人だったらってことで)
別回答:おれは車庫飛ばせるぜ!
(北海道で過去に大量の車庫証明不正取得が事件に。業界では「車庫飛ばし」と言うそうな)
Q5グレーとネズミ色どっちが好き?
いまはGLAYよりFTISLANDでしょ?
(後者は「エフティアイランド」と読む。資生堂でもないのにエフティって一体…)
Q6ドラゴンボールで叶える願いは?
北海道新幹線即刻中止!蝦夷富士の土手っ腹に見苦しいトンネルはいらんぞ!
マジ回答はいらない?それなら『未来警察ウラシマン』の続編希望!
あるいはダルビッシュのメジャー挑戦をなかったことに…
別回答:たくぎん(北海道拓殖銀行)のあったころに戻して・・・・
(いまだに国策[大蔵省]陰謀説が道民に残ってるんだよね)
Q7好きだー!
うちの近所は吉野家なんだけど…すき家じゃないの?
(国際線の機内食で吉野家の牛丼って[失笑])
Q8Q7ピーマンが抜けてた!
訂正仕訳の伝票を切ってください
Q9もしかしたら厨二王?
会計王なら持ってますが。え、弥生なの?
Q10Q9すいません!
だからダイソン買ったはずなのに…よく見たら「ダインソ」だった
(『ダンス☆マン』と『ダソス☆マソ』の違いみたいなもんです。元ネタ『ケロロ軍曹』)
Q11タモリ「明日来なくていいよ!」
明日来るのが若い男子なんですね。
(「ホモリ」と揶揄されるほど、タモさんは若い男子ゲストの身体によく触る)
Q12まさか闇の住人?
その件に関してはベンジャミンさんに…
(闇社会に詳しいジャーナリスト、ベンジャミン・フルフォードさんはご存じ?)
Q13カメハメは?
ヨドバシ?ビック?アサヒドー?あ、光映堂ね。
(※カメラの光映堂は札幌駅前通唯一のカメラ専門店でもうすぐ閉店決定。近くの札幌秋銀ビルともども、静かに札幌の歴史が変わる瞬間です)
※別回答・ハメたのはカメじゃなくて赤西ですよね
Q14うぃ?うぃ?!
日本人がうぃって言うのは酔っ払ったときだけです(伊奈かっぺい)
Q15終わったよ?☆ありがとう!
相川七瀬風「どもありがとぉ!(パチンコ「時空の翼」での大当りの時みたいに)」ですか? 堀内孝雄風「サンキュッ!」ですか? 指定のないときはV6『ありがとうのうた』とさせていただきます
(今のV6の飼い殺し状態を見ていて、自治体のまちおこし担当者の気持ちがわかります[切実]) よくわかんないボケもしたけど、いかがでしょうか?
自分でも答えてみたい方はアドレス http://blog.fc2.com/baton/17986/ をクリックしてね。
結局何が聞きたいかわからないバトンに、回りくどくボケてみた
Q1机は机でも食べれる机は?
近所の中国人に聞いてみます。
(中国人でも机は食べないんだよね、ホラーみたいに食べるくせに。元ネタ「GARO〜牙狼〜」)
Q2どちらかというと? ロリータorマザコン
ホワイトロリータはブルボン、マザーボードはASUS派です
スノーボードの腰パン國母(こくぼ)も好きです
Q3海賊王ですか?
え?え?(松尾伴内@明石家電視台風に)快速は苗穂に止まらないし…
あ、わかった!海賊王、かいそく王、快速の王で「特別快速」だ!
(JR東海エリアの皆様、わかりますよね)
Q4的確に突っ込め! 俺逆立ちで飛び箱飛べるで!
跳び箱なんて大したことないっ。俺少ないゼニでヒコーキ飛ばせるで!
(LCCの社長がコテコテ大阪人だったらってことで)
別回答:おれは車庫飛ばせるぜ!
(北海道で過去に大量の車庫証明不正取得が事件に。業界では「車庫飛ばし」と言うそうな)
Q5グレーとネズミ色どっちが好き?
いまはGLAYよりFTISLANDでしょ?
(後者は「エフティアイランド」と読む。資生堂でもないのにエフティって一体…)
Q6ドラゴンボールで叶える願いは?
北海道新幹線即刻中止!蝦夷富士の土手っ腹に見苦しいトンネルはいらんぞ!
マジ回答はいらない?それなら『未来警察ウラシマン』の続編希望!
あるいはダルビッシュのメジャー挑戦をなかったことに…
別回答:たくぎん(北海道拓殖銀行)のあったころに戻して・・・・
(いまだに国策[大蔵省]陰謀説が道民に残ってるんだよね)
Q7好きだー!
うちの近所は吉野家なんだけど…すき家じゃないの?
(国際線の機内食で吉野家の牛丼って[失笑])
Q8Q7ピーマンが抜けてた!
訂正仕訳の伝票を切ってください
Q9もしかしたら厨二王?
会計王なら持ってますが。え、弥生なの?
Q10Q9すいません!
だからダイソン買ったはずなのに…よく見たら「ダインソ」だった
(『ダンス☆マン』と『ダソス☆マソ』の違いみたいなもんです。元ネタ『ケロロ軍曹』)
Q11タモリ「明日来なくていいよ!」
明日来るのが若い男子なんですね。
(「ホモリ」と揶揄されるほど、タモさんは若い男子ゲストの身体によく触る)
Q12まさか闇の住人?
その件に関してはベンジャミンさんに…
(闇社会に詳しいジャーナリスト、ベンジャミン・フルフォードさんはご存じ?)
Q13カメハメは?
ヨドバシ?ビック?アサヒドー?あ、光映堂ね。
(※カメラの光映堂は札幌駅前通唯一のカメラ専門店でもうすぐ閉店決定。近くの札幌秋銀ビルともども、静かに札幌の歴史が変わる瞬間です)
※別回答・ハメたのはカメじゃなくて赤西ですよね
Q14うぃ?うぃ?!
日本人がうぃって言うのは酔っ払ったときだけです(伊奈かっぺい)
Q15終わったよ?☆ありがとう!
相川七瀬風「どもありがとぉ!(パチンコ「時空の翼」での大当りの時みたいに)」ですか? 堀内孝雄風「サンキュッ!」ですか? 指定のないときはV6『ありがとうのうた』とさせていただきます
(今のV6の飼い殺し状態を見ていて、自治体のまちおこし担当者の気持ちがわかります[切実]) よくわかんないボケもしたけど、いかがでしょうか?
February 28, 2012, 2:05 am
だからナンダ!だからナニ?
(画像は北海道釧路市、JR釧路駅からの引き込み線跡地。この画像の先にかつて整備拠点として釧路車両(管理)所があった。住所は幸(さいわい)町だが通称は「浪花(なにわ)町の工場」で、当時JRグループで最小規模だったとか。現在その跡地に、釧路地方気象台や開発局が移転入居した「釧路合同庁舎」と青少年科学館から改変された「こども遊学館(画像左奥ガラス張りの建物)」がある。2012年2月14日、半蔵門和己撮影)佐藤健(さとう・たける)君やチャン・グンソクの人気を見るたびに思い出すことがある半蔵門です。だいぶ前の『SPA!』(扶桑社)が元気だったころに『PANJA(パンジャ)』なる別冊があった。「日本の価値観をひっくり返す」雑誌で、ジャパン(JAPAN)をひっくり返すから「PANJA」だったような。そこでやってた写真のコラージュ(合成)ネタに、顔だけ木村拓哉、首から下は中森明菜ってのがあって、この画像に何の違和感もないということは、女顔の男がどうのこうのって記事だった。今ほどではないキムラさんで(あえてキムタクとは書かない。木村拓哉本人がその乖離を認知しているので)こんな言われようだから、今のタケル君やグンちゃんには、どのようなご意見をお持ちだろうか、書いたライターさんに聞いてみたいもんだ。では、本文です。
今のボーイズラブ花盛りを、嵐でもないのにとまどいながら見ている。『キャプテン翼』を「C翼」と書く「やおい」の年代で、かつて中島梓(なかじま・あずさ)が大活躍していた頃の『JUNE(ジュネ)』に横滑り掲載される『さぶ』誌の小説をオカズにしていて、周囲の目線を振り切るようにゲイ雑誌をレジに出していた頃を思うと、おいおい、そんなに開けっぴろげでいいのかと。
同人誌の即売会でも、群れとなって買いまくる女性客に圧倒されつつ、そっと売り子さんにほしい本を差し出していた自分を振り返ると、いい時代になったはずなんだろうが、実感としては疑問符が残る。本屋さんで独立したコーナーが用意されるほど、ファンタジーの世界で男同士は禁断とは言えなくなったが、実生活で何かが改善されたかと聞かれたら、イエスと答えられるほどおめでたくはない。若いことが絶対的な力を持っている日本のゲイコミュニティは何ひとつ変わってはいないし、過去の何かに学ぼうとすることはリブガマ論争の過程でついえてしまって、40歳を過ぎてからの「ゲイとしての」ライフスタイルは、参考にするネタがまったくないのに、自分がその年代になってしまって、どう生きていこうかの方針すら、定め切れないでいる一方で「ゲイとゲイでない人と、何か違った対応が必要なの?」と平気で聞いてくる下の世代に困惑している。
そりゃ確かに、わかんないから聞いてるんだろうけど、聴き方と内容、明快な答えのない2重の怒りを覚えている自分と、彼らに諭せるモノをなにひとつ持たずに性欲だけで40代まで突っ走ってきた自分が、脳内で不毛な組合交渉をしているような最近の自分がここにいます。
自らの存在を踏みにじられた思いで「おれたちの生き方を認めろ!」とこぶしを振り上げ、わからず屋が多い上の世代と渡り合ったのも今は昔。彼らが自分たちと向き合い始めた年代になって、心身に起きてくる予想だにしなかった事態に混乱しているその渦中で、自分たちのアクションで生み出したはずの、ささやかで目には見えないメリットを受けていることがさも当然と立振舞う若い子…気づけば「若い子たち」って言われてたのが、誰かを「若い子たち」と言っているこの変化…オネェ系タレントと自分がどう違うかを説明することに疲れてしまわぬうちに、ゲイとしてのアイデンティティを何かで見出せるんでしょうか。ワンオブゼムとしてゲイであることを隠すでもなく、見せびらかすでもない「見えるように置いておく」態度が必要なんでしょうか。
おっちゃん、正直最近わかんなくなってきた。ゲイであることは誇るモノではないんだろうが、否定されないように声を挙げていく努力は必要だとこのトシまで考えてきたんだけど(そのひとつがゲイプライドって考え方です)わざわざ(声を)挙げるほどのものではないよって下の年代から聞こえてくるんだよね。セクシュアリティは特別なものではないんだから、そこを声高に言わなくてもあなたはあなたでいいんだよって言ってくれてるのか、そもそも恋愛とかセクシュアリティってなんですか?って感じなのか。ゲイだけで群れる傾向をかつてのおすぎあたりは嫌ってたけど、それとも違う何かが、若い世代にはあるような気がするんだな。草食だのロールキャベツだの言ってる今の男子は、その辺どうなんでしょうか。


