《礼拝説教》 2010年 2月7日 伊東献仁
「喜びの祝宴への招待」
テキスト・コリント人への手紙 第一 11章23〜29節
主題聖句・「また杯を取り、感謝をささげて後、こう言って彼らにお与えになった。『みな、この杯から飲みなさい。これは、わたしの契約の血です。罪を赦すために多くの人のために流されるものです。」(マタイの福音書 26章27、28節)
聖餐は過越の食事の中で定められました。過越がイスラエルの民をエジプトの奴隷生活から救い出された神の御業を覚え、感謝と賛美をささげる機会であったように、私たちがキリストによる救いを喜び祝い、感謝するのが聖餐です。過越は羊の血によってエジプトを打つ神のさばきから免れたことを記念しますが、聖餐は神の御子の血によって罪に対する神の裁きから免れたことを記念します。イスラエルの民がエジプトの苦役から解放されたことを喜んだように、私たちは罪の縄目から解放されたことを喜びます。そして新しい契約の成就として、キリストの死によって私たちの罪が赦され、私たちに新しい心が与えられたことを覚えるのです。
又、イスラエル人が過越の食事を共にすることを通して、自らが神の民の一員であることを確認したように、聖餐を通してキリスト者はキリストを信じる信仰において自分たちが一体であることを確認します。ひとつのパンを裂いて食し、ひとつの杯から飲むという行為は、そのことを端的に表現しています。聖餐に与る者たちは、同じいのちをいただいていることの喜びを体験するのです。
更に、イエス様が「主がくる時まで、この聖餐を守り続けなさい」と言われた約束を信じ、イエス様の再臨を待ち続けるのが、この聖餐式の意義です。神の国の完成の時、救いの完成の日に、喜びの祝宴に与るという約束を待ち望みつつ、聖餐に与るのです。聖餐はその喜びの祝宴を先取りするものです。