《礼拝説教》 2010年 3月7日 伊東献仁
「数えよ主の恵み」
テキスト・コリント人への手紙第2 5章16〜21節
主題聖句・「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」(コリント人への手紙第2 5章17節)
「罪の赦し」は、私たちが今の自分の生活を振り返り、そこに現れて来る恵みを数えることだと言えます。自分の過去を振り返る時に、いやでも自分の過去の中に姿を現してくるのは「自分は罪赦された罪人である」という事実です。自分の人生の歩みを包むように、支えるように、罪の赦しの恵みがあったことを数えることができる、それを信じるのが、この使徒信条の告白です。
キリストを知るということは、自分の新しさをわきまえるということです。自分がもう新しくなっているのだということをわきまえることです。自分の知識や経験に先立って、神が既に私たちを赦していてくださるという事なのです。それを信じることです。
私たちが、後しなければならないのは、この神の和解のわざを、人々に告げ知らせることです。「和解」とは、「交換する」「入れ替わる」という意味です。キリストは私たちの罪を、私たちの代わりに負ってくださいました。私たちの惨めさを、ご自分の惨めさとして、私たちよりももっと真剣に、もっと深く悲しみながら、身に引き受けてくださいました。罪過の責任はイエス様が引き受けてくださいました。私たちと役目を交替してくださって神からの裁きを身代わりとなって受けて下さいました。そして、私たちに新しい役目を与えてくださったのです。それが和解の福音です。
罪の現実の中に生きるキリスト者の私たちですが、神を信じ、罪が赦されていることを信じ告白すること、その恵みを数えることが、生きるエネルギーの源泉です。