June 24, 2006, 6:01 pm
こころ1-16
夏目漱石の作品です
June 24, 2006, 4:39 pm
こころ3-40
夏目漱石の作品です
May 24, 2006, 12:38 am
こころ3-56
死んでゆく人は、本当に意地悪だなぁ・・・と思います。生きている人に生きる苦しみと謎だけを残して、自分は勝手にあの世に行ってしまうのは、勝手のような気もしますね。それが死ぬほど苦しみぬいた結果だとしても、ですよ。
May 23, 2006, 5:09 pm
こころ3-55
どうも、一つひとつのセンテンスを区切って読んでしまう癖があるような気がします。そのために、読みに単調なリズムがついてしまっているようです。文のつながりや、流れをよく読み込む必要があります。
May 22, 2006, 2:04 am
こころ3-54
最後まで読みましたが、やはり先生の死んだ理由、というのは自分には判然としないものがあります。それでも読むときは、当然分かっているもののごとくに読む必要があるのですが。できるだけ理解して読みたいと思います。
May 21, 2006, 10:27 am
こころ3-53
もっと張りのある声が出したいのですが、呼吸が続かないのです。ブレスの方法やタイミングについて、もっと研究する必要があります。
May 20, 2006, 7:31 am
こころ3-52
先生の自分の生き方に頑なで不器用な様は、読んでいて切なくなるほどに、共感を呼びます。親が居なかったこと、叔父たちとの確執、そしてKの死によって私の考えは苦しい方向へと流れていきます。私を救ってやれるものは、無かったのでしょうか。
May 19, 2006, 7:23 am
こころ3-51
道のためにせよ、恋のためにせよ、人はそう簡単に死んだりするものなのでしょうか。Kの死を思うと、自分も考え込まずに入られません。
May 18, 2006, 7:24 pm
こころ3-50
私の疲れきった心に行って気の潤いを与えてくれたのは、
その悲しみだった。という一節があります。私が、Kが
死んでから、ようやく人間らしい気持ちを取り戻すこと
ができた、良い表現だな、と思いました。
May 17, 2006, 12:23 pm
こころ3-49
緊張感を維持すること、緊張感を緩めるタイミングをうまく見計らうこと。この二つのことができていないので、読みが間延びしたような感じになっているように思われます。
May 16, 2006, 12:12 pm
こころ3-48
はじめの頃の朗読と、今の朗読を比べていると、格段に良くなっていることが分かります。単に読み慣れてきたというだけではなく、自然な語り口が身に付いてきているように思います。
May 15, 2006, 1:39 pm
こころ3-47
作品によって、朗読の効果的な読み方というのは、ぜんぜん違ってくるものです。この”こころ”は特に、ささやくように読んだほうが雰囲気が出ると思います。また、夜に静かに部屋で聞くにはよい作品ではないでしょうか。逆に、もっと力強くて、表現豊かな作品もやってみたいという気持ちもあります。
May 14, 2006, 12:18 pm
こころ3-46
朗読をした後に、うまくできたと思って聞き返してみると、読みのスピードが速すぎるような場合が多いように思いました。聞いている人が情景を想像する前に、話が進んでしまうようではいけないと思います。また、読みで表現をする上での適当なスピードと言うのもあると思うのです。気持ちを落ちつかせて、冷静に、ゆっくりと。
May 13, 2006, 8:20 am
こころ3-45
このごろ先生の口調が自然に身についていると思う時があります。この”こころ”とは別の作品を読んでみると、つい先生の口調が、意味も無く出てしまうことがあるのです。自分が、この作品をそれだけ読み込んできた証拠なのだなぁと思いました。
May 12, 2006, 12:18 pm
こころ3-44
よく眠れて、食欲もあって、比較的体調の良い時は、読みもうまくいくような気がします。体調の良し悪しは声に顕著に現われます。
May 11, 2006, 12:13 pm
こころ3-43
他人の読みについては、好き勝手な感想を持ったりするのですが、いざ自分の読みを聞いてみると、自由に感想を持ったりすることが難しい、ということに気が付きます。何度も聞いているせいでしょうか。自分の読みの良し悪しがよく分からなくなっています。
May 10, 2006, 5:55 pm
こころ3-42
自分はこの文章を何度も読み込んでいるので、録音を聞いたときも内容が自然に頭に入ってきますが、初めて聞く人が、私の朗読を聞いてきちんと内容を理解してくれるものなのでしょうか・・・。自分はカツゼツも悪く、声も篭っているし、上手く伝わっていないのではないだろうか・・・という不安を絶えず持っています。
May 9, 2006, 8:22 pm
こころ3-41
自分の声は、録音機材に頼った声だということに気が付きました。ぼそぼそとした小声で朗読したとしても、今の録音機材はかなり感度が良いので、はっきりと声を拾ってくれます。これが劇場でマイク無しに朗読したとすれば、全く客席には届かないのではないでしょうか。もっとハラから、生き生きとした声で朗読するべきだと思いました。
May 6, 2006, 12:09 pm
こころ3-39
朗読を聞いてもらって安心感が得られるのは、読み手と聞き手の間に何かのコミュニケーションが成り立っているからではないかと思います。読みをしていると、聞き手の反応がじかに伝わってくることがあります。をれを受けて読みかたに勢いがついたり、逆に落ちついたりすることがあります。言葉を使っているのですが、言葉を超えたコミュニケーションがそこには成立しているように感じるのです。そこが癒しに繋がっているように感じました。
May 6, 2006, 11:58 am
こころ3-38
人前で朗読をする時、やはり聞いている人が居る、ということは緊張をもたらしますが、同時に聞いてくれる人が居るという自分の読みに対する意味を明確にしてくれるという安心感を与えてくれるように思います。
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