May 2, 2006, 2:15 pm
お願い
ただ今、ホームページは新しいものに移行しつつあります。それまでは色々と戸惑う方もいると思います。今後は、こちらからお入り下さい。音声を聞くことも、文章を読むことも出来ます。
April 16, 2006, 4:19 pm
主の復活の日に
主の復活こそ我らが命。
しかし、実際は、復活の今日と毎日の生活の落差は大きい。つまり、復活の主を称える日には主こそ我らの主、救い主、ナンバーワン。そう宣言してはばからない。しかし、日常の些事に忙殺される日々において、優先事項というのがあって、そう簡単に主をナンバーワンにすることは出来ない。そんな、私たちであっても、私たちに対する主の友情は変わらない。そこに救いがある。そんな主との命の関わりを更新するときがミサ。
しかし、実際は、復活の今日と毎日の生活の落差は大きい。つまり、復活の主を称える日には主こそ我らの主、救い主、ナンバーワン。そう宣言してはばからない。しかし、日常の些事に忙殺される日々において、優先事項というのがあって、そう簡単に主をナンバーワンにすることは出来ない。そんな、私たちであっても、私たちに対する主の友情は変わらない。そこに救いがある。そんな主との命の関わりを更新するときがミサ。
April 15, 2006, 10:22 am
十字架ー「共にいる」ことへのチャレンジ
昨晩の話の続き。十字架は、「共にいる」というイエスの思いが挫折を強いられたとき。いや、私たちの信仰が、イエスに習う人生を築こうとするものであるとするなら、十字架こそ、私たちの信仰の質を問うものであることを受け止めたい。
April 15, 2006, 10:14 am
聖体ー奉仕の完成
最後の晩餐のミサのテーマは聖体。聖体は、私達といつまでも共にいたいというイエスの思いが形となった。聖体こそ、「共にいる」ことの最も完成されたイエスの心の形。
April 10, 2006, 5:54 pm
パウロに聞く十字架の神秘
フィリピ2,6−11
キリストは神の身分でありながら、神と等しいものであることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、・・・
僕の信仰の原点、出発点。不条理の死を甘んじたキりストの究極の信仰宣言としての十字架。さまざまな問題が凝縮されている十字架。常識の価値観の前に立ちはだかる十字架。あらゆる理屈が挫折する十字架。ボクの、あなたの救いの始まりである十字架。
キリストは神の身分でありながら、神と等しいものであることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、・・・
僕の信仰の原点、出発点。不条理の死を甘んじたキりストの究極の信仰宣言としての十字架。さまざまな問題が凝縮されている十字架。常識の価値観の前に立ちはだかる十字架。あらゆる理屈が挫折する十字架。ボクの、あなたの救いの始まりである十字架。
March 27, 2006, 9:17 am
パウロの人間賛歌
今日の話はパウロのエフェソの教会への手紙2.4−10から。
「・・・オンリーワン」幼稚園の子供でも知っている歌の本当の意味は?パウロは、その歌を歌うときに思い起こして欲しいと言わんばかりに、神様の手造りとしての私たちを強調しています。パウロの人間賛歌?
果たして、洗礼を受けた人々は、そうでない人と自分たちとの違いをどんな風に認識しているのか。
「・・・オンリーワン」幼稚園の子供でも知っている歌の本当の意味は?パウロは、その歌を歌うときに思い起こして欲しいと言わんばかりに、神様の手造りとしての私たちを強調しています。パウロの人間賛歌?
果たして、洗礼を受けた人々は、そうでない人と自分たちとの違いをどんな風に認識しているのか。
March 19, 2006, 5:19 pm
しるしよりも大事なものがある?
今日の話しは、主にヨハネ2.13−22から。イエスが神殿で暴力行為?に及んだ様子が詳述されている。その様を目の当たりにしたユダヤ人達が、そうするからにはそれなりのしるしを見せろ、と詰め寄ったら、アンタらがこの神殿を壊したら、ワシは三日で建て直してみせるワイ、と。するとユダヤ人達は目をむいて、問い返した。ナンだと!建てるのに46年もかかったものをたったの三日で建て直すだと!かみ合うことはなった。
ところで、しるしは奇跡のことを行っているらしいが、ぼくとしては、身につける、いわゆるしるしとということで話した。司教のしるし、信者のしるし、教会のしるしなどなど。話しは間延びして、しかも、特定の子供たちの名前が出たり、語尾がはっきりしなかったりで、聞きづらいことをお許し下さい。
ところで、しるしは奇跡のことを行っているらしいが、ぼくとしては、身につける、いわゆるしるしとということで話した。司教のしるし、信者のしるし、教会のしるしなどなど。話しは間延びして、しかも、特定の子供たちの名前が出たり、語尾がはっきりしなかったりで、聞きづらいことをお許し下さい。
March 12, 2006, 6:20 pm
信仰の腕を上げる
ローマの教会への手紙8・31bー34
最後の「・・・キリスト・イエスが、神の右に座っていて、私たちのために執(と)り成してくださるのです」ということをめぐって話すつもりで、子供に話しかけたまではよかったのですが、大人に向かって話し出したら、焦点がぼけてしまいました。まとまりの悪い話しで申し訳ないのですが、前の日曜日も出張で休んでいるので送りました。
最後の「・・・キリスト・イエスが、神の右に座っていて、私たちのために執(と)り成してくださるのです」ということをめぐって話すつもりで、子供に話しかけたまではよかったのですが、大人に向かって話し出したら、焦点がぼけてしまいました。まとまりの悪い話しで申し訳ないのですが、前の日曜日も出張で休んでいるので送りました。



