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February 9, 2010, 10:29 am
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Posted by おかもん at February 9, 2010, 10:29 amComments(1)TrackBack(1)
December 22, 2009, 6:29 pm
仏教の目的は?
(問い)

仏教の教え の目的って何でしょうか?


(答え)

釈迦が仏教を説かれた目的は、すべての人の苦しみの根元を

取り除き、無上の幸せを与える(抜苦与楽)ためでした。


私たちが仏教を聞く目的も、苦しみの根元を断ち切って頂き、

よくぞ人間に生まれたものぞ、という生命の大歓喜を得る

(抜苦与楽)ためです。


前回は、四苦八苦をお話しました。 

では、これらの苦しみの根元は何なのか。

親鸞聖人は、次のように仰言っています。

「流転輪廻の際なきは、疑情のさわりにしくぞなき」


「流転輪廻」とは、苦しみのことをいいます。

車の輪が廻るが如く、次から次へと不安や、悩みがやってくる。

これで終わった、と言うことが無く、際限なくやってきます。


その原因は何か。

お金が無いことでしょうか、マイホームが手に入らないことで

しょうか、病気だからでしょうか。あるいは、人間関係でしょうか。


先日テレビを見ていたら、最近日本では、「外ごもり」が増えて

いる、と言っていました。人間関係を避けるため、「ひきこもる」

のは、聞いたことがありましたが、「外こもる」は初耳でした。

職場、家族、友人知人などの人間関係にうんざりし、ある程度お金

を稼いだら、物価の安い海外へ行き、一人のんびり生活する。

そこでも多少の人間関係はありますが、言葉の壁が幸いし、深い

人付き合いはおのずとなくなります。タイだけで、そのような

「外ごもる」日本人が1万人いるそうです。

では苦しみがなくなったのかといえば、今度は一人ぼっちで、

特に夜、叫びたくなるような寂しさにおそわれる、とある男性が

インタビューに答えていました。

これらのことは、有って苦しみ、無くてまた苦しみ、ですから、

お釈迦様は「有無同然」(うむどうぜん)と教えられています。


親鸞聖人は、苦しみの元凶は、ずばり、

「疑情のさわりにしくぞなき」(疑情というもの一つが原因である)

と、断言されています。


「疑情」(ぎじょう、と読みます)という言葉、聞かれたこと

あるでしょうか。 すべての人は、この疑情一つで苦しんでいる、

と仰言っています。


「疑情」とは、「無明の闇」ともいわれます。

この二つは全く同じ意味です。

無明の闇、とは、明かりが無い、暗い心です。

暗い心といっても、経済に暗い、科学に暗い、ということでは

ありません。「後生暗い心」だけを、無明の闇、疑情といいます。

「後生暗い心」について、次回、お話したいと思います。


質問や感想をお待ちしています。

tomo.todoroki@gmail.com までどうぞ。


----☆--------☆--------☆--------☆--------☆--------☆--------☆----


なんと

外ごもり タイだけで 1万人・・・(>_<)


みんな

幸せになりたい

その願い ひとつなんだね。


ひきこもる人も。。

外ごもる人も。。

どこにも こもらない人も!


幸せになれない

ホントの原因は なんなのか。。

これは絶対知りたいことだよね〜。(*^_^*)  
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Posted by おかもん at December 22, 2009, 6:29 pmComments(0)TrackBack(0)
December 9, 2009, 10:38 am
仏教で布施とは親切の事
仏教で布施・・親切ということが教えられる



◇喜ぶ人が二人になる

「欲しくない物でも、喜んで頂いた方がよろしいのでしょうか」

 嬉しく頂けば相手は満足される。

 自分に必要ない物でも、それを喜ぶ人にあげればよい。

 喜ぶ人が二人になる。

 逆の立場で


 プレゼントする時は、

 相手の喜ぶ物かどうか、十分考慮しなければならない。  
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Posted by おかもん at December 9, 2009, 10:38 amComments(0)TrackBack(0)
December 9, 2009, 10:36 am
仏教でいう精進は努力の事
暇があるとダラダラしてなにもやらないことが多い




◇忙しい人ほど勉強できる


 時間があるから勉強できる、できない、というものではない。

 時間があると心が緩んでしまい、時間の割りには、頭に入らない。

 時間がないと集中してやるから実のあるものとなる。


“忙しい人ほど勉強できる”の話の通りである。  
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Posted by おかもん at December 9, 2009, 10:36 amComments(0)TrackBack(0)
December 9, 2009, 10:34 am
仏教の瞋恚のこころ
仏教では怒りの心を瞋恚という

カット腹立つと何をしでかすかわからない

恐ろしい心の事だ

◇腹の立つ時は、

  “その手はくわぬぞ”と笑って裏をかく

 ある人は

“憎い奴と思ったら、腹を立てるようにしむけたらよい。

 手を汚さずに、相手は破滅する”

 と言っている。

 腹が立つと、言ってはならぬことを言う。

 してはならぬことをやる。

 そして自因自果(じいんじか)で破滅するからである。

 腹の立つ時は、

“その手はくわぬぞ”と笑って裏をかくことだ。  
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Posted by おかもん at December 9, 2009, 10:34 amComments(0)TrackBack(0)
December 9, 2009, 10:23 am
善悪の二つ総じて以て存知せざる
人間の都合次第

仏教では人間の評価には必ず

その人の都合という色眼鏡がかかる

と言っている。

◇歴史は、

その時代の支配者の都合の良いように書かれる

歴史というものは、

その時代の支配者の都合の良いように
書かれて残される。

徳川時代に書かれたものにどんな
豊臣の善があったか。

明治初期に書かれたものに徳川幕府の、
どんな美が描かれていたであろうか。

歴史・伝記といっても、

そうさせる人間の業からは、
のがれることはできないのだ。
仏教の真髄を明らかになされた親鸞聖人は
善悪の二つ総じてもって存知せざりなり
といわれています。
人間の評価がいかに真実ないのか
以下のサイトに詳しく書かれています

仏教の教えだれでもわかる人生哲学

  
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Posted by おかもん at December 9, 2009, 10:23 amComments(0)TrackBack(0)
December 9, 2009, 10:21 am
反省:仏教の禅定
仏教の教えでは禅定ということを勧められる

今でいえば反省ということだ


◇他人から注意してもらえるということは、
 有り難いこと

 他人(ひと)から注意してもらえるということは、
 有り難いことである。

 指摘されたところを忠実に正していけばよい。

 決してオレはみんなダメなんだと落ち込む
 必要はない。

 私にも、ある。

 今までいろんな人から種々な批判を受けてきた。

 今からも頂くだろう。

 当たっている批判も多いが、デタラメなものもある。

 いずれもいずれも、

 私を向上させる為のご忠告と有り難く
 頂いてゆこうと努めている。  
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Posted by おかもん at December 9, 2009, 10:21 amComments(0)TrackBack(0)
December 9, 2009, 10:12 am
蝉の智恵
仏の智恵は人間に伺うことはできない

蝉が幼虫から変える前を知ることはできないように



◇荒らされた花は小さな実となり、

  荒らされなかった花は大きな実となった

 同じ木の梅の実でありながら、

 大きいのやら小さいの、丸いものやら凹んだもの、

 みんな形がちがっている。

“納得できぬ”と、セミが不審がる。

“六月頃、地中から這い出して、夏のことしか知らないが、

 お前が地中にいた春という季節には、この木に白い花が一杯だった。

 蜂や蝶が飛んできて、荒らされた花は小さな実となり、

 荒らされなかった花は大きな実となったのだ”

“そんな馬鹿な!”

 いくら説いても、セミの知恵には無駄だった。

同じような記事が以下のブログにも    お釈迦様と孫悟空のお話です

仏教の教えおまえは手のらの中

  
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Posted by おかもん at December 9, 2009, 10:12 amComments(0)TrackBack(0)
December 9, 2009, 10:10 am
心頭滅却すれば火もまた涼し
◇熱殺、寒殺すれば火もまた涼しい

「安禅(あんぜん)必ずしも山水(さんすい)を須(もち)いず

 心頭滅却(しんとうめっきゃく)すれば火も自(おのずか)ら涼し」

 禅僧快川(かいせん)は、武田信玄の軍師。参謀長である。

 天下を狙って上洛(じょうらく)した信玄が急死し、

 その子勝頼(かつより)も天目山(てんもくざん)で、自決した。

 知恵袋快川を見込んで、

 何とか自分のものにしようと信長は、頻繁に使者を出す。

 快川はしかし、

“大恩ある武田家を亡ぼした者に仕える気は毛頭ない。

 お仕えするのは武田家のみ”と拒み、

 寺門(じもん)の二階を死に場所に選んだ。

 やがて火が放たれる。

 快川の周りを弟子達が囲む。

 煙が上がり、メラメラ燃え始めると、弟子達は落ち着かない。

 その時の快川の放った言葉である。

 深山幽谷(しんざんゆうこく)の静寂な所でしか、

 心安らかになれないようでは、本当の座禅といえぬ。

 熱殺(ねっさつ)、寒殺(かんさつ)すれば火もまた涼しい。

 禅でさえ、こうまで厳しく、すさまじいのだ。  
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Posted by おかもん at December 9, 2009, 10:10 amComments(0)TrackBack(0)
December 9, 2009, 10:08 am
後生の一大事
◇大問題

 有るか無いか分からぬ
 仏教は後生の一大事に始まり
 後生の一大事の解決に
 終わるといいます


 老後の心配さえ

 人々はするのに、

 なぜ、必ず来る後生を

 問題にしないのだろうか。  
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Posted by おかもん at December 9, 2009, 10:08 amComments(0)TrackBack(0)