May 9, 2012, 3:39 pm
楡の家 第二部(1)17:10
「出だし」
一九二八年九月二十三日、O村にて
この日記に再び自分が戻って来ることがあろうなどとは私はこの二三年思ってもみなかった。去年のいま頃、このO村でふとしたことから暫く忘れていたこの日記のことを思い出させられて、何とも云えない慙愧のあまりにこれを焼いてしまおうかと思ったことはあった。が、そのとき
一九二八年九月二十三日、O村にて
この日記に再び自分が戻って来ることがあろうなどとは私はこの二三年思ってもみなかった。去年のいま頃、このO村でふとしたことから暫く忘れていたこの日記のことを思い出させられて、何とも云えない慙愧のあまりにこれを焼いてしまおうかと思ったことはあった。が、そのとき
May 9, 2012, 3:30 pm
楡の家 第二部(2)9:24
「出だし」
林の中から出きらないうちに、もう日がすっかり傾いていた。私は突然或る決心をしながら、おもわず足を早めて帰ってきた。家に着くと、私はすぐ二階の自分の部屋に上がっていって、この手帳を用箪笥の奥から取り出してきた。
林の中から出きらないうちに、もう日がすっかり傾いていた。私は突然或る決心をしながら、おもわず足を早めて帰ってきた。家に着くと、私はすぐ二階の自分の部屋に上がっていって、この手帳を用箪笥の奥から取り出してきた。
May 9, 2012, 3:18 pm
楡の家 第二部(3)11:58
「出だし」
お前は暖炉の傍らに腰かけたまま、そこに近づいていった私の方へは何か怒ったような大きい目ざしを向けたきり、何とも云い出さなかった。私も私で、まるできのうも私達がそうしていたように、押し黙ったまま、お前の隣りへ他の椅子をもっていって徐かに腰を下ろした。
お前は暖炉の傍らに腰かけたまま、そこに近づいていった私の方へは何か怒ったような大きい目ざしを向けたきり、何とも云い出さなかった。私も私で、まるできのうも私達がそうしていたように、押し黙ったまま、お前の隣りへ他の椅子をもっていって徐かに腰を下ろした。
May 9, 2012, 3:09 pm
楡の家 第二部(4) 21:34
「出だし」
が、お前がそういう私の先を越して云った。こんどは何か私に突っかかるような嗄れ声だった。
「それでは、お母様は森さんのことはどうお思いになっていらっしゃるの?」
*信従(しんじゅう)諌止(かんし)
が、お前がそういう私の先を越して云った。こんどは何か私に突っかかるような嗄れ声だった。
「それでは、お母様は森さんのことはどうお思いになっていらっしゃるの?」
*信従(しんじゅう)諌止(かんし)
April 29, 2012, 11:51 am
楡の家 第一部(1)18:34
「出だし」
一九二六年九月7日、O村にて
菜穂子、
私はこの日記をお前にいつか読んで貰うために書いておこうと思う。わたしが死んでから何年か立って、どうしたのかこの頃ちっとも私と口を利こうはしないお前にも、もっと打ちとけて話しておけばよかったろうと思う時が来るだろう。そんな折のために、この日記を書いておいてやりたいのだ。
*{楡の家」と「菜穂子」は連作です。この作品を読み終えたら「菜穂子」を読む予定です。
一九二六年九月7日、O村にて
菜穂子、
私はこの日記をお前にいつか読んで貰うために書いておこうと思う。わたしが死んでから何年か立って、どうしたのかこの頃ちっとも私と口を利こうはしないお前にも、もっと打ちとけて話しておけばよかったろうと思う時が来るだろう。そんな折のために、この日記を書いておいてやりたいのだ。
*{楡の家」と「菜穂子」は連作です。この作品を読み終えたら「菜穂子」を読む予定です。
April 29, 2012, 11:33 am
楡の家 第一部(2)13:33
確か、征雄が大学を卒業して、T病院の助手になったので、お前と私だけでO村に過しに行くようになった最初の年であった。隣のK村にはそのころ、お前のお父様の生きていらっしゃった時分の知合いがだいぶ避暑に来るようになっていた。その日も、お父様のもとの同僚だった方の、或るティ・パアティに招かれて、私はお前を伴って、そこのホテルに出かけたのだった。
April 29, 2012, 11:22 am
楡の家 第一部(3)12:40
「出だし」
それから三四日、午後になると,一ぺんはきまって夕立がした。夕立はどうも癖になるらしい。その度毎に、はげしい雷鳴もした。私は窓ぎわに腰かけながら、楡の木ごしに向こうの雑木林の上にひらめく不気味なデッサンを、さも面白いものでも見るように見入っていた。
それから三四日、午後になると,一ぺんはきまって夕立がした。夕立はどうも癖になるらしい。その度毎に、はげしい雷鳴もした。私は窓ぎわに腰かけながら、楡の木ごしに向こうの雑木林の上にひらめく不気味なデッサンを、さも面白いものでも見るように見入っていた。
April 29, 2012, 11:11 am
楡の家 第一部(4)14:21
「出だし」
その冬になってから、私は或る雑誌に森さんの「半生」という小説を読んだ。これがあの0村で暗示を得たと仰しゃっていた作品なのであろうと思われた。御自分の半生を小説的にお書きなさろうとしたものらしかったが、それにはまだずっとお小さいときのことしか出て来なかった。
その冬になってから、私は或る雑誌に森さんの「半生」という小説を読んだ。これがあの0村で暗示を得たと仰しゃっていた作品なのであろうと思われた。御自分の半生を小説的にお書きなさろうとしたものらしかったが、それにはまだずっとお小さいときのことしか出て来なかった。
April 29, 2012, 11:01 am
楡の家 第一部(5)17:31
「出だし」
そのうちときどき晴れ間も見えるようになり、どうかすると庭の面にうっすらと日の射し込んでくるようなこともあった。すぐまたそれは翳りはしたけれど。私は、この頃庭の真んなかの楡の木の下に丸木のベンチを作らせた、
そのうちときどき晴れ間も見えるようになり、どうかすると庭の面にうっすらと日の射し込んでくるようなこともあった。すぐまたそれは翳りはしたけれど。私は、この頃庭の真んなかの楡の木の下に丸木のベンチを作らせた、



