ケロログ
October 2, 2008, 5:21 am
なぜ左翼思想は人間を幸せにすることができないのか。

マルクス・エンゲルス・ダーウィンを中心とした、唯物思想、進化論、共産主義思想をバックボーンとする無神論左翼原理主義者達によって、人類は大打撃を被ってきました。

現在日本において跋扈する日教組・TBS・朝日・毎日がその先兵となって、いまだに国論を不正常な形で分断しています。

キリスト教会も理論的脆弱性によって、共産主義者の培養地となって参りました。カソリックの旧態依然とした硬直的かつ権威的信仰姿勢が内部に腐敗堕落をもたらし、結果的に世界を破滅の一歩手前まで陥れたのです。

こんなにも矛盾した教会や貧困に犯された世界に神がいるはずがないという叫びによって、フランスを中心に人本主義思想が産声を上げ、ロシアに波及し、人間の力だけで計画的に人間と経済を支配するという共産主義国家の出現が、世界を絶望的なまでに傷つけてきました。


彼らには無神論思想を根拠とするバックボーンがあるために、倫理・道徳・人権という思想は一笑に付されます。

これらの徳目は神がいなければ根拠のない空論になるのです。宗教は弱者のアヘンであると言ったマルクスの宗教への個人的怨念が、人間の価値を肉のかたまりと同様の次元にまで落下させることになりました。

未だにその深刻な影響は無差別殺人や自殺などの形で、日本国内でもますます猛威をふるっています。


神様や利他的愛の法則に立脚している宇宙の原理を否定し、恐れるもののなくなった人間は傲慢になります。


北朝鮮や中国の目を疑うような自己中心的振る舞いを見ても、良くお分かりであると存じます。

国家・党中央のためには、いかなる強権的手段も正当化されます。政治犯の虐殺や拉致監禁も彼らの前にはなんの躊躇の理由もありません。


そういった悪影響から日本を守るために、私たちは少なくても自分が生まれた原因的存在である神について、しっかりと知って行かなければなりません。

もはやキリスト教などのいかにも宗教的な、盲目的かつ権威主義的な信仰は、現代人を理論的にも心情的にも完全に納得させることは不可能です。

私たちには、従来の神学的・哲学的内容を超えた、本物の思想が必要です。

それが新しい時代に生きる我々の責任です。


左翼思想には無神論的バックボーンがしっかりとにらみを効かせているため、倫理・道徳を敵視するということがある程度お分かりいただけたのではないかなと思います。

彼らは宇宙の利他的愛の原理原則に対して、無意識に闘いを挑んでいるのです。

結果として反戦・平和を叫びつつ闘争・物議の震源地になっていますね。彼らの作り出す世界は、不信感とねたみと嫉妬が蔓延した、強権的支配による秘密警察国家にならざるを得ないのです。

無神論は根本的に性悪説と同期するから、隣人への信頼感を著しく減衰させます。だから、左翼思想は人を幸せにできません。

目の前の人が、常に自分に利益になるのか、あるいは搾取目的なのかと、疑う所から人間関係が始まるのです。人を愛する絶対的な根拠を持つことができないのです。

それは、自分は人を愛するために地上に来たという、神様から願いを託された自分の存在目的を、人生の苦労から学びつつ認識してから出発する以外には、難しいことではないでしょうか。

以上、なぜ左翼思想が人間を幸せにすることができないのかの論拠となります。

理論的な裏付けが浅い点や、著者の思い込みなど、これじゃみんなに通用しないよと言える点や、もっと理解を深めたい点などありましたらどうぞ積極的にご参加下さい。

あなたの意見が、長い目で見て世界を実際に救います。
ここが、人類に生きる理由を提供するのです。
がんばりましょう!

  
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Posted by 川嶋努 at October 2, 2008, 5:21 amComments(2)TrackBack(0)
この記事へのコメント
fen
October 3, 2008, 10:52 pm 
テキストコメント
どうも、白い彗星さんの所でコメントしましたfenです。

例のカキコミの転載はOKですがかなり文章が破綻しているので恥ずかしいですが。右脳でイメージしている事を左脳で文章にするのが苦手なもので。

しかし、川嶋さんとは神認識がそうとう違うので衝突になりそうなのですがよろしいのでしょうか・・・。
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川嶋努
October 9, 2008, 12:39 am 
テキストコメント
わざわざこちらまでお越し下さってありがとうございます。

日韓の歴史学者のようにお互い自分の意見を認めろと言いあうようなやり方では、お互い貴重な時間を投資する価値がありません。

思想や哲学は特にその人の全人格を表すものですから、当然一歩も譲ることができないのは当たり前です。

ただ、同じ人の形をした存在同士であることは一目瞭然ですから、共通項はあるのだと思います。

その共通項を互いにより充実させることを目的として、違う点は尊重しつつ、共に有している意見を与え合う姿勢で、お互いに充実することができればいいと思いますがいかがでしょうか。

以上、こちらで議論して頂く場合のルールのようなものになればいいと思います。後ほどご意見に対してはこちらからコメントさせて頂きますね。

他にすでに当方で記述した内容に対して、そちらでコメントありましたらそれも歓迎いたします。

コメントどうもありがとうございました。
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