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<title>おやじのつぶケロ…</title>
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<description>いろんなことをつぶつぶと…言いたい放題言ってます。</description>
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<title>レベル…？
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<description>今は、放射能とかの関連で、レベルという言葉が良く聞かれるけど、そういうことではなく、昔のマンガのように「人としてレベルが違う」とかって思ってる人が意外に多いような気がする。
仕事の出来る出来ないを、能率とかで換算して、「レベル」をつけたり…ということ。
例えば、その人がいることによって、その人自体よりも、周りに良い影響を与えるような「付加価値」は、「レベル」思考者には、判断できないわけである。
逆に、その人が来たおかげで、なんとなくザワザワして、全体がうまくいかなくなることもある。それは、その人が「レベルの高い人」と思われていても…

人を、一面だけでしか判断できないということは、ちょっと、悲しい気もする。
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<dc:creator>おやじ
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<dc:date>2012-05-26T23:59:32+09:00</dc:date>
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<title>答えは…
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<description>テストの解答とかならば、正解があるのだろうけれど、世の中、どれが正解か、ともすれば、どれが問題かもわからないことが多いですよね。
テストが出来る人が、良い答えを知っているわけでもない…
じゃ、何が答えになりえるのか…
それは、自分が何を信じるかなんじゃないかな〜と思う。それが、どういう結論であれ、信じるものがあれば、それは、その人にとってのなんらかの答えになるわけで。
正しいとか、良い答えとか…そういうものも、どうでも良くなる「大きなもの」。
それが、信じる心。
答えの形も変わっていってしまうけれど、「信じる心」は、ずっとかわらないまま持っていることはできるのだから…（本人の気持ち次第かもしれないけど）
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<dc:creator>おやじ
</dc:creator>
<dc:date>2012-05-26T00:13:49+09:00</dc:date>
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<title>心がある
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<description>営業スマイルではなく、本当の笑顔には、やはり、心がある。見ていて、本当に幸せな気持ちになる。
笑顔には、さまざまな効果がある。
笑うことで、免疫力を高めよう〜と言うのもあながちウソではなく、また、周りもつられて笑うことで、全体に幸せな空気が漂う〜
これは、本当に、良いことだらけである。
まあ、営業スマイルでも、似たような効果は得られるのだと思うが、やはり、心の底から笑う方が、いろんな効果が強そうだ。
これを、思考ということに置き換えると（？）、ポジティブシンキングになり、体だけでなく、未来までも良い方向に向けることが出来る。すばらしい〜
本当に心のある笑顔って、素敵だと思う。
</description>
<dc:creator>おやじ
</dc:creator>
<dc:date>2012-05-25T00:03:30+09:00</dc:date>
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<title>太陽
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<description>先日の日食で、太陽を見た人は結構いたと思いますが、では、昨日、太陽を見た人は、どのくらいいるのでしょう？何の変化もない普通の太陽。それを見た人は、どのくらいいるのでしょう？
興味があるから見て、興味がないから見ない。
当然のことなんですが、もっと、太陽を知りたいと思いませんか？
普通に降り注ぐ日光だって、膨大なエネルギーを地球におくってくれているのに…
天体ショウだけが、必要なものではないのに…

人もそうだと思います。
注目する時だけ、注目して、後は、ご自分の都合の良いように…
そんな、付き合い方をしていたら、結局は、自分ンもすぐに不要になってしまうような気がします。
</description>
<dc:creator>おやじ
</dc:creator>
<dc:date>2012-05-24T00:10:18+09:00</dc:date>
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<title>天につば・・・
</title>
<link>http://www.voiceblog.jp/tubutubu/1722581.html
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<description>まあ、あまり良いようにはとられませんが、「天につばする」という言葉…
人に文句を言うと、自分に返ってくる。というような意味だろうと思います。
でも、もう一回良く考えてみれば、自分の悪いところを気づくチャンスだともとれるわけです。（本人の自覚次第なんですけどね）
人の文句を言うことは、わりと楽なんですよね。無責任な部分もありますから。だから、逆に自分の文句（だけではないですが）を言ってもらえるとか、気付かせてくれるとかも、他人からしたら、無責任に言ってくれているととらえることが出来れば…
天に唾をすることなくても、他人から見られている自分がわかれば、相手も自分も、気が楽なのかもしれません。
</description>
<dc:creator>おやじ
</dc:creator>
<dc:date>2012-05-21T00:09:27+09:00</dc:date>
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<title>月を見ると
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<link>http://www.voiceblog.jp/tubutubu/1721472.html
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<description>月は、なんだか鏡みたいですよね。
太古の鏡って、丸くてちょっとぼこぼこしていて、本当に月みたいだな〜と思った記憶があります。
暗い闇にピッカリと丸く浮かぶ月。
どう見ても、鏡みたいに感じるものですよね。
で、よくみてみると、模様が見えるのですが、その模様、なんとなくその時点での自分の心理を表しているような感じがするんです。
もやもやしてる時は、もやもやした模様に見え、落ち着いた気持ちの時は、ちょっとした微笑にも見える模様。
月に不思議な力が備わっているかどうかは知りません。
でも、月を見上げて、今の自分を自分なりに感じることは出来そうな気がします。つまり、何にも邪魔されない、本当の自分に向き合えるような気がします。
</description>
<dc:creator>おやじ
</dc:creator>
<dc:date>2012-05-18T22:55:40+09:00</dc:date>
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<title>青い鳥
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<link>http://www.voiceblog.jp/tubutubu/1720087.html
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<description>青い鳥は、こんなに近くにいて、まだ捕まらない。
だから、僕たちは、捜し続けることが出来る。
進むことが出来る。
そう、きっと、わかってしまうことは、少なくて良いのだと思うんです。
わからないことがあるから、進むことが出来るんですよね。
どんな人でも、「終点」を知っているはずもなく、周りの人が、それを期待することも必要などないわけで…
失敗という道しるべを見つけて、正しい方向に進めるのです。
大人になって、失敗を恐れて、「道しるべのない道」を、どこまでも彷徨う…
なるほど、進めなくなるわけだ。そう思う。
偉い人は、自分が失敗していることさえも気が付かない…。もったいないですよね…
青い鳥は、逃げたりしないのに。
</description>
<dc:creator>おやじ
</dc:creator>
<dc:date>2012-05-17T00:39:36+09:00</dc:date>
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<title>青い鳥
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<description>青い鳥は、こんなに近くにいて、まだ捕まらない。
だから、僕たちは、捜し続けることが出来る。
進むことが出来る。
そう、きっと、わかってしまうことは、少なくて良いのだと思うんです。
わからないことがあるから、進むことが出来るんですよね。
どんな人でも、「終点」を知っているはずもなく、周りの人が、それを期待することも必要などないわけで…
失敗という道しるべを見つけて、正しい方向に進めるのです。
大人になって、失敗を恐れて、「道しるべのない道」を、どこまでも彷徨う…
なるほど、進めなくなるわけだ。そう思う。
偉い人は、自分が失敗していることさえも気が付かない…。もったいないですよね…
青い鳥は、逃げたりしないのに。
</description>
<dc:creator>おやじ
</dc:creator>
<dc:date>2012-05-17T00:27:58+09:00</dc:date>
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<title>共有する
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<link>http://www.voiceblog.jp/tubutubu/1719315.html
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<description>共有するものというと、今は、「何かの情報」ということになるのでしょうか…？
でも、もっと共有してるものっていっぱいありますよね。中でも大きいものが、空気とかでしょうか？
これは、目に見えないし、個人で所有することがなかなか難しい…（当然ですけど）
空気って、共有してる感じはないですよね。はじめっからあるし、無制限だし。
でも、もしかしたら、何十年後には、空気を買う時代になるのかもしれません。（まあ、今でも、酸素スパ（？）みたいなところでは、酸素入りの空気を買っているのですけどね）
水だって、今は、買うことにそんなに違和感を感じないでしょ。
空気だってきっと、「南アルプスの天然空気」みたいに発売されますよ。
共有してるものって、いつの間にか、お金に換算されてしまうんですよね。
情報、水、海洋深層水…
共有のものに誰が一番最初に、「自分のものだよ」と言うのか…でしょうね。
</description>
<dc:creator>おやじ
</dc:creator>
<dc:date>2012-05-15T23:59:55+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.voiceblog.jp/tubutubu/1717671.html" >
<title>ゴミとそうでないモノ
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<link>http://www.voiceblog.jp/tubutubu/1717671.html
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<description>自分の持ち物で、どこまでが大切なもので、どこまでがそうでないものか…そのライン引きは、とても難しいですよね。何かの思い出が残っているものは、大切なもの…と考えると、恐らく、全部が大切なものになるだろうし…
または、高価なものは、大切なものという判断の仕方もあると思うんです。（今を生きるためには、こう考えるのかな〜）
どれを考えても、大切なものは、大切なものにかわりがないわけです。価値観が変わらなければ…
いろんな出会いがあって、その人の価値観が変わるということは、結構あるもんですよね。まあ、宗教っぽいものもそうでしょうし、海外での経験とか…
今まで大切だったものが、そうでないものになるならば、まだ、対応できるのですが…
捨ててしまったものが、実は宝物だったんだと、気づくと…これは、切ないですよね〜。
それを見越して、すべてをとっておくのも、何か変な気もするし…難しい…
</description>
<dc:creator>おやじ
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<dc:date>2012-05-13T23:59:27+09:00</dc:date>
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